【第37回】ニュージーランドのブラウンズ・ベイの園と小学校

執筆者: 山岡 テイ(情報教育研究所所長)

 ニュージーランドの首都はウエリントンで政府機関の中心ですが、商業経済都市であるオークランドが都市人口は最大規模です。都市周辺地域の人口は135万人で全人口の3分の1以上を占めており、4割近くが海外にルーツをもつ人々が住む多文化な街でもあります。

また、海に面したオークランド市は「帆の街(City of Sails)」と呼ばれるほど、入江に沢山の小型船舶が停泊しています。市内や郊外の随所に「Shore(海岸)」とか「Bay(入江)」とついた地域名があります。今回はその中から「Browns Bay」の園と小学校を訪ねました。

ヤシの木が南国のようなブラウンズ・ベイ・スクール 正門前の坂下にはビーチが広がります

個別の言語や能力に対応する教育プログラム
ブラウンズ・ベイ・スクール(以下BBSと略す)の校門の前に立つと、写真のように、坂を下ったところに海が見えます。海岸沿いに栄えた街並みはリゾート地のようなお店やビストロが軒を連ねています。この地域には、オークランド近郊でも南アフリカや英国のコミュニティがあることが知られていますが、近年はアジア人家族が増えてきています。
http://brownsbay.school.nz/

BBSを最初に訪れたときに、ロジャー・ハーネット校長先生が、学校のパンフレットを2種類下さったのですが、それは、「一般的な入学案内」と「インターナショナル・ステューデント用」の案内パンフレットでした。その中には、学校の教育方針がきめ細かく載っていて、保護者向けのさまざまなお役立ち情報のURLも紹介されていました。

インターナショナル・ステューデント用には、「移民保護者向けの便利なウエブサイト」の他に、とくにオークランドに居住する韓国人家族に向けたコミュニティ協会、韓国語のメディアや印刷物も紹介されており、この学校に多くの韓国人生徒が通っていることを物語っていました。

BBSは1888年に設立された男女共学の公立校で、1年生から6年生まで550人の生徒に対して、24人の専任と7人の非常勤教員の他に歯科看護師やスポーツ指導員など11人のスタッフがいます。

学校は8時55分に始まり、10時40分~11時までは午前中の休み時間。12時30分~13時30分が昼食。午後の授業は3時で終わります。昼食は家から持参するか学校のランチ・ルームで事前に注文して買うこともできます。

6学年の各クラス担任はいますが、1~2年生の低学年、3~4年生の中学年、5~6年生の高学年の3部構成で部分的にオープンにしており、個人の能力レベルに合わせて上や下の学年の勉強を学ぶこともできます。

【第36回】ニュージーランド・ウエリントン市にある多文化共生の園と学校』で、ご紹介したテ・アロ・スクールでも1クラスの中に3人の発達遅滞の子どもがいました。この学校にもダウン症や自閉傾向、聴覚障がいの子ども達がいます。それぞれの子どもの異なった発達や背景環境を把握しながら、保護者と緊密に連携しながら対応していることが子どもの様子からも伺われました。

BBSでは、聴力が不自由な子どもがいるクラスでは特別なスピーカー・システムを導入しています。このサラウンド・スピーカーは、他の子どもにも先生の話がよく聞こえるので好評だということです。全クラスではなくて、当該児達が使うクラスを中心にして設置しているようです。

日課の中に2/11クライスト・チャーチ地震への黙祷も 聴覚が不自由な子に向けたスピーカー・システム

子どもが意欲的に学べる環境づくりを
現在、BBSの外国にルーツをもつ生徒で最も多い国籍は南アフリカが50家族以上で、つぎは韓国が約30家族、インド、ロシア、ドイツが2~3家族ずつです。さらに、マオリが15人、その他の太平洋島嶼国出身は8人とのことで、全校生徒のおよそ2割以上を占めていました。

この学校には、ESOL(English for Speakers of Other Languages:他言語を話す人達への英語)の教室があります。ESOL担当のカレン・セバロ先生は、「外国からの生徒が入学して1~2週間は必ず、ESOLクラスに来ます。その後、週に3日で1回30分ずつとか、能力別にグループ分けをします。たとえば、今学期の1年生はインド2人と韓国3人の小さなグループで教えていますが、学年に関係なく必要な場合は個別指導をして、効果をあげています」と話していました。

とくに、韓国の保護者やガーディアン(ホーム・スティなどの後見人)は教育熱心なので、この学校では複数の先生が韓国語で、家族からの学校生活への質問にも応じています。園での生活とは違って、小学校では学習言語の問題があるため、先生方は入学当初だけではなくて、引き続いて積極的なフォローアップをしているようでした。外国人生徒の年間学費総額は日本円で約80万ですが2回に分納できます。

ところで、ニュージーランドやオーストラリアの保育・教育支援の分類では、官庁だけではなくて民間ボランティア機関でも、「多文化な子どもと家族」は、心身発達に遅れがある「特別な支援を必要とする子どもと家族」と同じように位置づけられています。

行政の援助やBOT(学校理事会)の支持を得て、多くの学校で多文化な子ども達への言語育成の教材開発や教員の専門研修による教育法の導入、上記のスピーカー・システムなどハード面の設備投資にも熱心な現状です。BBSも子どもの「自己発見的な学習プログラム」を行い、一人ひとりの子どもが全員主役になれるような教育を目ざしているとリズ・ディ副校長先生は語っていました。

ホールでも圧倒的に裸足の子が多いのがニュージースタイル 「あなたは世界のどこの出身?」の答えが表示された世界知図

「校友」の輪を広げて、新しい教育法で着実な歩み
BSは公立校なので、子ども達は一定の居住地域内から通学していますが、それ以外の地域から通うには現在(および過去に)通っている生徒の兄弟とか理事の家族などいくつかの優先順位があります。そのベースにはBBSの教育理念に賛同する家族というのが第一条件になっています。

ニュージーランドでは、園や学校では「園友」や「校友」と呼ばれる選出された役員が学校運営の上で重要な役割を担っています。ニュージーランドの学校理事会(BOT)とは、経営、人事など学校運営のすべてに権限がある学校の中核組織です。BBSでも学校側スタッフ代表2名と保護者5名で構成されています。学校理事会の権限と責任は教育法に概説されており、教育機関評価局(ERO)の学校評価の対象となる責任ある母体です。http://www.ero.govt.nz/

日本も園から大学まで近年は教育評価の基準が注目されていますが、ニュージーランドでは、3年ごとに実施されるEROのレポートによると、「BBSの学校理事会は歴代役員の業績や役割を受け継ぎ、学校が質の高い教育プログラムを生徒に提供できるように決定し実行している」と高評価されていました。

この学校ではスポーツや音楽教育にも力を入れています。とくにスポーツ活動は、各学年でチーム試合があり、年間のスポーツ行事も数多く開催されています。球技だけでも、ミニ・ボール9チーム(3~6年)、ネット・ボール10チーム(1~6年)、ホッケー3チーム(4~6年)、フィッパ・ボール2チーム(4~6年)、タッチ・ボール10チーム、(3~6年)、インドア・サッカー(5~6年)の他に、クリケットやラグビー、バドミントンもあります。その他アスレチックス、クロス・カウントリー、体操など豊富です。

海に近いので、水泳や「水の安全教育」も盛んです。とくに1980年にオークランドのププケ湖で始まり、現在オークランド周辺の50の小・中学校が参加している「Waterwise Programme」を、BBSでは授業の一環として取り入れています。学年での経験レベル別に応じて、水辺活動を通して安全教育やセーリングなど海洋の環境保全を学び、レベル5の5・6年の高学年ではワイアケ・ビーチでの活動を行います。
http://www.waterwise.org.nz/

また、音楽では、2つの合唱団、オーケストラ、リコーダーグループなどが交互に発表会を行い、音楽教育センターでは、希望者には有料で様々な楽器のレッスンを授業の一環として習うことができます。

ロジャー・ハーネット校長先生は、学校のヴィジョンとして掲げている「リーダーと学習者を育成する」を柱にして、子ども達が良い人間関係を作り、自分で考えて問題を解決する力やコミュニケーション・スキルを身につけていけるように、教員と生徒、保護者がともにできることを常に試みることが前進につながると力強く語っていました。

学校のプール以外でも水の教育を学びます 元気な声で合唱練習。かわいい色のウクレレが壁に

少人数で居心地の良い家庭のようなセンター
ブラウンズ・ベイ地域は坂が多く、個人の住宅は坂の傾斜を活用した住居設計が目立ちます。今回訪れた「Browns Bay Preschool」は、大きな民家を園の施設に改良していますが、じょうずに庭木や傾斜を工夫して子ども達のお気に入りスポットを随所に設けてありました。

ブラウンズ・ベイ・プリスクール 切り株や石が置かれたお気に入りスポットの目印 庭の傾斜を上手に活かして遊具が設置されています

Browns Bay Schoolからも近い、このセンターは11年前からテレーズ・ヴィッサー園長先生が幼児教育施設としてスタートさせました。現在は乳児、2歳から3歳半までのCubs(子どもクジラ)クラスと3歳半から5歳までのWhales(クジラ)クラス編成になっています。41人の子ども達に、7人の先生と5人のスタッフ、さらに2人の実習生もいました。

じつは、何年も前からこの園を向かい側のバスの停留所から通りを隔てて眺める機会がありました。でも、写真のように施設は緑の塀で囲まれており、しかも正面のゲートが坂の一番上側になっているために、外からは園の内の様子はまったく見えない状態でした。

今回、初めて園の中に一歩足を踏み入れると、レッジョ・エミリア理念に基づく温かなディスプレィが建物の内外に施されていました。園長先生をはじめとして教員全員がニュージーランドのレッジョの協会REANZ(Reggio Emilia Aotearoa New Zealand) http://www.reanz.org/ のメンバーになっており、各部屋やコーナー作り、園庭など、どこにいても居心地の良い家庭的な雰囲気の環境が設定されていました。

大まかな一日のスケジュールをご紹介します。

7時30分

8時30分
登園後は屋内外での自由遊び
9時10分 準備をしながらモーニング・ティ
9時30分 子ども達と先生のモーニング・ミーティング、今日の活動について情報交換
11時15分 片付けやおむつ交換
11時45分 乳児グループはグループで読み聞かせや昼食、昼寝や休憩、
その間に幼児グループは先に昼食やグループ活動など交互に行う
13時30分 まだ寝ている子や外で遊んでいる子などさまざま
14時30分 アフタヌーン・ティ、このころまでには小さな子達も起きて参加する
15時30分 屋内外でお話や制作、お絵描き、読書など自由遊び
16時30分 園庭(建物の前・横・裏や階段などいくつかのスポットがある)の片づけ
17時30分 降園

子ども達は園に来ている生活というよりは、家庭にいて自分の好きな事を仲の良い友達と一緒に遊びながらゆったりと過ごしている印象です。しかし、その中でも「モーニング・ミーティング」では皆が真剣な表情で、先生からのお話を聞き、質問をしたり歌を歌ったりしていました。

園長先生が絵具を使って色彩のバリエーションの実演をすると、どの子も食い入るように見つめて話を聞いていました。その後、室内や外でお絵描きをしている子ども達を見ると、先ほどのミーティングの技法を実際に自分で試している子達もいます。

他の先生は子どもの個性に合わせて、必要なときは援助しますが、幼児達は基本的にモーニング・ミーティングや昼寝の前後に集団での活動をする以外は、自由に遊びを創りあげて自分達の世界を広げていました。

車座になれるマット・タイム
(グループでのお話や活動をする場所)
おやつや昼食の盛り付けや配膳は当番制
英語とマオリ語の歌を続けて自然に覚えます どの子も絵が大好きで、室内でも園庭でも描き続けます

子どもの自主性を尊重する学びの環境づくり
前述のブラウンズ・ベイ小学校には、5歳の入学に備えて火曜に1時間だけ参加できる「もうすぐ5歳児」という「慣らし教育」のクラスがありました。ニュージーランドの園では、どこでも毎日通うという前提ではなくて、子どもの年齢発達や家庭の状況によって増やしていくこともあります。

この園では7時30分から17時30分の受託時間内に一日に6時間以上で週に2日は通園することが前提です。その条件のもとで、たとえば、2歳児は2日間で週110ドル(\7,300)ですが、5日間ですと210ドル(\14,000)。3歳児以上は、週に2日間は週68ドル(\4,500)で、5日間は136ドル(\9,100)です。3歳児以上の場合は、政府から週20時間の保育費支援など助成金があることで、費用が軽減されています。 ブラウンズ・ベイ・プリスクールでは、昼食やおやつ(モーニング・ティとアフタヌーン・ティ)もすべて園で調理師が用意します。子ども達はインドやマレーシア、南アフリカ、カナダ、マオリなど多文化なために、メニューには宗教上での除去食や代わりの食材を提供し、食物アレルギーへの対応もできる限り行っているようです。

ニュージーランドの多くの園では、成長活動記録(ポートフォリオ)として「ラーニング・ストーリーズ」の手法を取り入れています。基本的内容は、1996年に教育省から発令された「幼児教育カリキュラム(テ・ファリキ)」に沿って構成されています。その後、1998年にDr.マーガレット・カーによる研究が教育省の報告書に発表されて、2001年に彼女のラーニング・ストーリーズに関する著書が出版されて以後、ニュージーランドの幼児教育のポートフォリオの中核をなしています。

根ざす基本は同じですが、ラーニング・ストーリーズは園によって位置づけや構成要素の質的な格差が見られます。積極的に活用している園では研修会に参加して情報交換するなど独自の工夫をしています。いずれの園においても子ども自身や家族、園の先生や友達などがダイナミックに関わって作られるので、一人ひとりの子どもの園時代を物語る貴重な資料になっています。

レッジョ・エミリア・アプローチを展開しているこの園では、子ども同士の関わりや日々の活動の様子を先生と保護者が観察した記録としての「ラーニング・ストーリーズ」は、子どもの作品集の中に心の成長史が生き生きと躍動しているような印象を受けました。

テレーズ・ヴィサー園長先生への質問として、「今年4月のEROの教育評価結果では、どの年齢の子ども達も友達と強い絆の友情で結ばれており、熱心な教員スタッフの質の高い教育成果など高評価を得ていましたね。これからの課題やご予定は?」と伺いました。

すると、彼女は「現在申請中の工事を議会の許可を待ち、これからは、園の内外の設備環境を一層充実させて、教員の人数も増やしつつ、さらにきめ細かに子ども達の個性に合わせた教育をしていきたいです」

「子ども自身が友達とのコミュニケーションや毎日の生活の中で自分から探究心や発見の喜びを見いだして、学ぶことの楽しさを身につけるように育成していこうと思っています」と穏やかに語っていました。

3か月の乳児から保育しています。 コネコネするのが楽しくて・・ずっと夢中

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