【第36回】ニュージーランド・ウエリントン市にある多文化共生の園と学校
執筆者: 山岡 テイ(情報教育研究所所長)
現在、440万人のニュージーランド人口を構成する民族ルーツの中で、7割以上を占めるのはパケハと呼ばれる欧州系白人です。そして、先住民のマオリをはじめとして、サモアやトンガなど太平洋島嶼国出身者に加えて、近年は中国・韓国・インドなどアジア系の多民族が急増し続けています。今回は首都ウエリントンの市街地の中でも多文化な地域であるARO(アロ)の園と学校の様子をご紹介します。
☆地域の保護者が参画する「アロ・ヴァレー・プリスクール」
アロ・ヴァレー・プリスクールは、1980年代の初めに地域コミュニティで出会った幼児の保護者達が主導して始まりました。その後、認可を得て園舎などの施設が市によって建てられましたが、現在もなお日々の園の運営にあたっては保護者達が積極的に責任をもって参画しています。http://www.arovalleypreschool.blogspot.com/
この2月に訪問したときは、園のすぐ近くに住むジュディ・ソープさんが保育補助として参加していました。彼女のお子さんはすでに卒園して小学生になっているのですが、体験者として、顔なじみの園児達と楽しそうに遊びを広げていました。
ジュディさんは、この園にボランティアで来ることは、彼女の生活の一部になっていると話していました。私の場合はスタッフのボブ先生と以前からの知り合いでしたが、今回初めて訪れたにもかかわらず、まるで近所の自主保育グループにでも参加したような感じがして、園の開放的な雰囲気が伝わってきました。
対象園児は3歳~4歳児が中心ですが、3歳未満であっても保護者が一緒ならば、プレイグループという位置づけで、園に通うことができます。この園は異年齢の子ども同士が知り合ったり、親同士が情報交換をしたりなどコミュニティ・センターのような役割も果たしています。
スタッフは園長のベヴァリー・ミード先生の他に、ボブ・ドラモンド先生と非常勤のリズ・ソウル先生の3人ですが、保護者や親子連れで訪れる家族が入れ替わり訪れていました。
1日のセッションは曜日と年齢によって異なっていますが、基本的には午前中は8時半~12時半、午後は12時半~14時半で、15時半までには全員が降園します。木曜の午後は4歳児のみで、金曜は13時までの午前セッションだけです。園児の1日の在園時間は6時間以内と決まっています。プレイグループの親子は水曜の15時~17時と金曜の14時~16時に集っています。
1日のプログラムは、8時半に登園すると、室内と園庭で自由に遊び、10時には家から持参した軽食を取ります。昼食や軽食・おやつに関してはお弁当持参が基本ですが、金曜は10時の軽食は園で出しています。 この園に限りませんが、幼稚園に大きなお弁当ボックスを持参する子ども達は、食べ物を昼食用、午前と午後の軽食(おやつ)用にと、自分で配分して食べています。
子ども達は室内では、みんなで絵本の読み聞かせやお話を聞く時間があります。その後、自由遊びになると、男の子は外で木工や機械いじり、自転車。女の子達はお絵描きや小麦粘土、お人形遊びなどそれぞれお気に入りのコーナーで遊ぶ様子は、園というより友だちの家や近くの公園で遊んでいる感じでした。
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木工制作コーナーを通って園庭へ | 自転車の修理に群がる男子達 |
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オーブンの具合を真剣にチェックする子ども達 | 本物のようにクッキーやケーキ作り |
保護者はお迎え時間の20~30分前くらいには来園し、自分の仕事として、てきぱきと台所の片付け、トイレやフロアの掃除を始めています。手慣れた感じの父親にお話を伺うと、「いつもしているので、自分の仕事と思っています。親が園の手伝いをするのは、子ども達がお世話になっているので当然ですよ」と言っていました。
また、保護者は1学期に2~3回は午後のセッションの保育補助と園の用事や行事にも積極的に参加しています。とくに、シーズンが到来すると、保護者が地域コミュニティで「クリスマス・ツリー」を販売して園への資金調達を行うのが例年の習わしだそうです。
☆多様な背景をもつ家族が子育てを分かち合う
訪問した水曜日は2歳以下の子どもを連れたプレイグループの親子がつぎつぎとやってきて、国籍や宗教は違っても母親同士が子育ての親密な話をしていました。
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イスラムとヒンズーの母親同士がプレイグループでママ友 |
この園には経済や言語、宗教や文化、成長発達など異なる家庭の子ども達が一堂に通ってきます。現在の出身国はエチオピア、ソマリア、オーマン、パレスチナ、インド、ベトナム、ミャンマー、カンボジア、ポーランド、スペイン、オランダなど11カ国です。自閉症の子どもが2人いました。
訪問した日の園児は16人でしたが、25人が登録されており、曜日やセッションごとに通園して来ます。室内の壁には3人の各先生の週別シフト当番表や一日の活動が5~15分刻みで書かれていました。ボランティアの先生も含めて4人で担当していますので、大忙しなのですが、ベヴァリー園長のもとで自由な雰囲気の調和がとれていました。
ニュージーランドERO(Education Review Office:教育機関評価局) http://www.ero.govt.nz/による2008年度のアロ・ヴァレー・プリスクールの評価では、明確な教育理念を発展させており、教員には適切な指導指針を与えて、テ・ファリキ(ニュージーランドの幼児教育保育総合カリキュラム)に基づいて子ども中心の学習で、統合的な成長発達と家族の参画意識や関係性にも力を入れているとされていました。
園の保育料は1週間で20時間までは無料。それ以上は1時間4ドルずつ加算されます。この制度は、現在、多くの幼児教育サービス施設が同様で、たとえば、公立幼稚園・保育所、プレイセンター、家庭保育ママさん、マオリの園であるコハンガ・レオも含みます。また、家族の収入(週)や通園する兄弟数によっても公的な補助金が異なっています。 一例をあげると、1人の子どもで、1274ドル未満の収入の場合は3.70ドルの補助が園へ支給されます。
ベヴァリー園長は、「民族、宗教や文化の違いもあるし、家庭環境も難民や大学で勉強中の親など、住んでいる理由もさまざまです。子どもの発達段階や言語能力にも個人差があるのですが、毎日の園生活ではどの子も安全に楽しく過ごせて、多文化を肌で感じとってほしい」と、園の方針を語っていました。
また、この園に隣接して「CAB:シチズン・アドバイス・ビュロー」があります。ここは、住民を対象にしたNGOの総合生活情報の案内所です。地域に住む家族の中でも、とくに海外から移住してきた人には、とても便利な相談所です。http://www.cab.org.nz/vat/eb/Pages/home.aspx
そこでは就職や教育、健康、住居から法的なアドバイスまで、何でも聞くと、親切に無料で教えてくれて、さらなる詳細情報を得る方法も教示してくれます。あちこち回らなくても、この窓口に一本化されており、転居先の地域にこんな相談所があると助かります。とくに、移民向けには多文化情報サービスセンターが他にもいくつか用意されています。http://msc.wellington.net.nz/
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お隣は住民のための情報案内相談所 |
☆コミュニティの核となる「テ・アロ・スクール」
アロ・ヴァレー・プリスクールから近い丘の上に、テ・アロ・スクールという地域の学校があります。アロ・ヴァレー・プリスクールからもこの学校へ入学する子ども達もいます。ユニークで地域に開かれた学校です。http://www.tearo.school.nz/
テ・アロ・スクールは、1854年に設立されたウエリントンでも歴史のある小学校のひとつですが、現在の場所には1932年に建設されました。ここも伝統的な保護者参画によるコミュニティ協働推進型の学校です。「オープン・ドア・ポリシー」を掲げて、保護者の学校活動への積極的な参加を呼びかけており、過去から現在に至るまで成果をあげています。
ブライス・コールマン校長を含めて11人の教員の他、さらに読解力回復のための補習や学童に携わる先生、事務員も含めると総勢で20人以上のスタッフが204人の5歳児から8年生までの生徒を教育しています。この学校はなんと40以上の国籍ルーツをもつ子ども達で構成されている多文化な学校です。それら多様な生徒の中には英語を第一言語にしていないとか、短期滞在のために特別な援助を必要としている子ども達も多く含まれています。
ニュージーランドでは、英語とマオリ語の2言語が公用語とされていますので、公的施設や書類には必ず、両方の言語が併記されています。常に前進を!テ・アロ・スクールの学校標語には、マオリ語で“Kate tonu,Te Aro”、英語では、“Ever Upwards Te Aro”と並んで書かれており、学校の校門や壁には、鮮やかな色彩のマオリ・アート絵画が力強く描かれています。
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学校の壁画もマオリ・アート |
各教室には英語とマオリ語を表記して、教育省のシラバスや教材を使ってマオリ文化と言語を教えており、マオリにルーツをもつ生徒達も在籍しています。また、マオリの伝統芸術である「Kapa Haka:カパ・ハカ」グループでの練習を行い、行事でその成果を披露するなど、マオリ文化を積極的に取り入れています。「ハカ」の一部は、ニュージーランドのラグビー・チーム、オールブラックスが試合の前に威嚇のように行うセレモニーでご存じの方も多いことと思います。
始業時間は8時55分からで、モーニング・ブレイクは10時半から20分間。昼食は12時半から1時間、15時には終わります。その後、希望者にはOSCAR(Out of School Care and Recreation)と呼ばれる放課後児童クラブも15時~17時半まで行われています。下校時には写真にあるように、急な学校の階段を降りると自動車道路になるので、信号機の代わりに旗を持った当番さんが真剣に交通整理をしていました。
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下校時は当番が横断歩道の交通整理 |
☆新しいチャレンジをし続ける意欲的な教師陣
各クラスをブライス校長先生の案内で見学しました。ニュージーランドは5歳の誕生日になると小学校へ通えます。しかし、移行期間は誕生日の前後に余裕をもって設けられており、実際に学校へ通う前までは園のほうに在籍しています。
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園児のような5歳児の新入生クラス担任は台湾出身 |
この学校は、2学年のクラスが間仕切りを開けてオープン・スペースにしています。広い教室を子ども達が自由に行き来しており、先生方も複数で両方のクラスを指導している教科もありました。まだ2月の新学期が始まったばかりでしたので、2-3年生のリーディングの授業で自分のレジメの表紙となる「私のプロフィールブック」を制作していました。
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間仕切りを開けてオープンクラスに |
印象的だったのは、算数の授業をしていた副校長のレイ・ティヘン先生の授業です。大きなスクリーンに数の概念を教えるネットの教育サイトからダウンロードした動画を使っていました。このクラスには発達遅滞の生徒3人を含めた25人の生徒を1人の先生が担当しており、途中からもう1人の先生が加わりました。
生徒は自分達の机を寄せ合って5つのグループに分けられており、学習進度が遅い子達は個別のパソコンで、習得段階に合ったペースの学習をしていました。席を離れて、描いた絵を私に見せてくれる生徒もおり個々が自由に学んでいても、クラス全体としては調和がとれてリラックスできる居心地の良さがあるように感じました。
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算数の時間に動画でも数の概念を学ぶ |
子どもの国籍はケニア、タンザニア、アンゴラ、ポルトガル、フィリピン、ロシア、中国・・・と多文化ですし、個別の能力もかなり異なっていることが一目瞭然でした。先生に「お一人でいろいろな生徒達に教えているのですね」と私が言うと、「なんとかやっていますよ。その子のペースで理解していることは、経験的に確認しながら進めているのでだいじょうぶです」と応えたあとに、続けて、耳が不自由な生徒や4-5歳児くらいの理解力の生徒の一人ひとりの性格や特徴のすばらしさを語ってくれました。
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プールでスイミング中。上級生は他の本格的な施設も併用。 |
また、テ・アロ・スクールでは通常の教育の一環として特別支援教育を過去30年間にわたって実施してきた実績があります。聴覚障がいクラスが設置されており、手話も教えてバイリンガルを目ざしています。ウエリントン地域の耳が不自由な子ども達のセンターにもなっているようです。
この学校は様々な言語や文化が違う環境の子ども達が通ってきています。多文化な学校としては、地域コミュニティで使われるすべての言語の重要性や価値を認めて、母語の維持も図っています。しかし、その一方では、現在住んでいるニュージーランドでの社会的なスキルを身につけるためには英語力の向上が必須条件です。そのために、教員は子ども個人の能力や発達段階に合わせてきめ細かな読み書き能力や計算能力を獲得できるプログラムの導入に熱心です。その中でも、読み書き能力をつけるためには、英語を母語としていない、もしくは文化背景が英語圏ではない子どもをサポートする特別なESOL(English for Speakers of Other Language:他の言語を話す人達への英語教育)の専門家による教授法が、とくに年々成果をあげているそうです。
基本的な言語と算数の力をつけるためには、教員同士が担任のクラスは自分のお城という意識を捨てて有益な情報交換を行い、さらに、必要な生徒にはグループや個別に習得別学習指導の目標を決めています。大事な着目点として、いままで住んでいた生活文化や出身国の学校教育の背景をも考慮した指導をしていることがあげられます。そのために、生徒個人がもつ能力や保護者の教育期待や家庭環境などを個別に理解して、それらを活かすプログラムや個別指導を生み出しているとのことです。
☆増えるアジア人家族への理解を深める
テ・アロ・スクールにはウエリントン市の広範囲から生徒が通ってきています。学校がある地域には、国際色豊かなレストランやショップが並ぶ繁華街、さまざまな公的施設やビクトリア大学のキャンパスも近くにあります。とくに近年は、周辺地域には移民だけではなくて、仕事や留学で短期間滞在のアジア人も急増しており、この学校にも大勢の中国人やインド人などアジア人の子ども達が通っています。
この学校では、2年前から従来の英語とマオリ語の2カ国語に加えて、3~8年生に中国語も教えています。中国語は専門のクリスティン先生の他にも新入生クラスの担任である台湾出身のメロディ先生もいますし、中国人の子ども達も在籍しています。各クラスの壁やボードには、同じ文章や単語が英語・マオリ語・中国語の3言語で書かれて所狭しと貼られています。
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マオリ語と英語が併記。さらに中国語も |
ブライス校長は、「中国語やアジア文化を教える試みは、中国人だけではなくて、他の生徒や保護者にもとても好評で成果をあげています。ただ単に中国語を学ぶのではなくて、中国人のメンタリティやアジアの文化や習慣も一緒に理解していくことになるので、それがどの子にとってもすばらしい機会だと思うのです」と熱く語っていました。
この学校では「The Race Relations Days」という、多文化な学友環境を活かした行事があります。今年は3月24日で、私は参観できなかったのですが、その日は、自国の民族衣装を着て保護者手作りの民族料理を皆で食べたり、歌や踊りを紹介し合ったりしてお互いの民族(Race)を理解し合い、身近なつながりを深め合うお祭りのようです。
何人かの先生方からお話を伺った結果では、同じアジア人であっても、個別の子どもや家庭の違いを深く理解していることに感心しました。アジア人の中でも国籍だけではなくて、個々人が異なった成育環境や教育意識、また社会経済的背景をもってニュージーランドに居住していることを的確にとらえていました。そして、子ども同士が学校の場で友達を通して他の国に親しみや関心を抱くことが、多文化共生教育のなによりの実践だと思いました。