【第33回】フィンランドの出産育児支援とヘルシンキの保育所

執筆者: 山岡 テイ(情報教育研究所所長)

フィンランドの2009年の出生率は1.86で、前年度に比べてさらに上昇しました。それは1969年の1.93以来、この40年間で最高となりました。
近年、フィンランドはOECDのPISAで高得点をあげており、その基礎学力や教育力で日本をはじめとして各国から注目を浴びています。
その背景には、子どもの就学以前に、まず親が子どもを産み育てようと思える社会的な支援環境が整っている安心感が前提にあるのではと思われます。デンマークに続いて今回は北欧のフィンランドの出産育児支援や保育環境をレポートします。

☆出産お祝いパックの中身は?
フィンランドには、ケラ(Kela:国民年金局)という社会保障福祉機関があります。ここでは、「Kelaカード」と呼ばれる国民健康保険証を発行しており、医療費や出産手当、産休中の給与保障をはじめとする、家族全員への福祉支援を行っています。
http://www.kela.fi/in/internet/english.nsf/NET/080501120048HP?OpenDocument

妊娠中にKelaへ所定の書類を申請すると、日本でいう「出産準備用品一式」が自宅へ届きます。出産前に「マタニティ・パッケージ」という大きな箱にベビー用品を満載して無償でプレゼントしてくれるシステムがあります。 内容構成は、毎年専門家による「マタニティ助成諮問審議会」が使用者への調査も参考にして検討を重ねた上で決定されて変化しています。

ヘルシンキの本部で実物を見せてもらうと、衣類を中心に入浴用品やベビーケア用品、赤ちゃん用のマットレス、絵本やおもちゃから母親用の授乳パッド、両親のための育児・家族計画の小冊子や潤滑ゼリーにコンドームまでありました。 衣類は、おくるみ、肌着や布おむつからロンパース、レギンス、遊び着など種類も豊富で、サイズも新生児用から70cmまで揃っています。耳あてつきの帽子やふかふかな手袋やソックスに、雪国らしい肩まですっぽり覆うバタクラヴァ帽や暖かそうな防寒着の素材の一部にはリサイクルボトル再生ポリエステルも使用されています。
また、前年度版の出荷がすべて終わってから新しいパック内容になるので、2010年度版は6月~7月以降からの配送へと持ち越されるようです。写真の左側にある収納箱のサイズは、長さ70×奥行き43×高さ27㎝、しっかりとした布張りの作りで赤ちゃんの簡易ベッドにもなります。

出産お祝いパック

北欧というと森林が多く昔から紙おむつの転換率が高い国というイメージでしたが、環境にやさしいエコ奨励は年々高まり、近年は布おむつのみを入れているとか。
フィンランドの保育所や家庭を訪れると、ほとんどが紙おむつ主流ですが、環境への配慮や関心が高い母親などさまざまな理由で布おむつ派の母親もいます。とくに、少し大きくなってからは経済的に布おむつ併用という母親達の意見もありました。

この制度は申請する際に、現物支給か現金(140ユーロ:約1万7千円)のいずれかを選べますが、現物パックの方が現金の場合より数倍の価格で揃えられています。実際に利用した母親達の話では、最初の出産時には現物をもらい、2人目以降は、それらがまだ十分使えることもあって現金を選択するという人が多いようです。海外に住んでいるフィンランド人へも送料別で274.15ユーロ(約3万3千円)で販売もしています。

実用的で嬉しい贈りものがプレママに届くのはとても素敵な制度だと思います。しかし、日本のように北海道から沖縄まで気候が大きく異なる国土環境であることや赤ちゃんへのファッション意識が高いママが多いと、衣服の種類や選択の幅がさらに必要なのではと感じました。

Kelaはマタニティ時代から乳幼児、そして高齢者まですべての年齢層を福祉サービスの対象としており、全国市町村に窓口があります。カンガスニーミという町にあるKelaでお話を伺ったときには、地域で行われるマタニティ・ライヴの支援や昨年度は不況で仕事が見つからない家庭の子どもを援助するなど、地域の実情に合わせた予算配分を行っているとのことでした。

☆MILLが運営する親子への支援活動
フィンランドでは、いま出産ブームと言われています。街中や郊外でも、乳幼児を自転車やベビーカーに2人乗せている親によく出会います。保育所や児童館の子育てグループでインタビューをした母親達からも産休や育児休暇をとって、つぎの子どもを続けて産むことに積極的な発言を多く聞きました。

ユヴァスキャラ大学のファミリー・リサーチセンターで、キモ・ヨキエン教授にお話を伺うと、「男女均等で働ける社会的な整備はできており、安心して子どもを産める状況にあります。しかし、近年は『家庭回帰』が強くなる傾向があって、その背景には経済的な不況が続く中、失業が増えて、子どもの数が多くなると、産休や育児休暇や子ども手当を享受して母親が家へ戻り、その結果、父親が良い職業に就く機会が増えるなど、一つの現象にはいくつか異なった側面がありますね」と語っていました。

ところで、フィンランドにはMILL(The Mannerheim League for Child Welfare)という家族のための総合的なNGO福祉団体があります。ここは、【第7回】ニュージーランドの多様な幼児教育と育児支援サービスでご紹介した「プランケット」と類似した活動組織です。設立された1920年から現在に至る歴史の中で、その時代の要請に先駆けて妊婦や乳幼児から青年を中心とした家族への心身両面からのサポートをしてきました。http://www.mll.fi/

現在、9万2千人の会員と564の地方協会があり13の地区組織によって地域に根ざしたボランティア活動が運営されており、海外との連携も積極的に行っています。

ヘルシンキの本部へ伺うと、担当のオウティ・ヤローネンさんのお話では、現在は多くの活動の中でも、育児中の親子を支援するファミリー・カフエやペアレント・サポート・グループ、在宅看護や保育サービス、青少年を対象にした電話やメール相談、保護者向けの育児教育の電話相談サービス、学童のためには学童保育や遠足やイベントなどを実施しています。

ユヴァスキャラ・ヘルシンキ・オウルの3都市にある「National Helpline and Email Service」には、子ども達は下校後の時間がたっぷりあるので、親が働いている間、気軽に電話をかけてくることも多いそうです。

「ファミリー・カフエは、全国に400以上もある子育てグループで、20-30代の親子が週に1回集い、育児情報を交換する場であり、音楽やアート、遠足などにも参加できます。また、とくに、学校の現場では、いじめや非行防止、友人間でのより良いコミュニケーションを目指す9学年目の学生による「ピア・カウンセリングとそのトレーニング・サポート」のプログラムを充実させています。『School Peace Program』は、毎年学生がアイディアを出してどのように実行するか計画書を作成して自主的に運営して、学校と協同しながら効果をあげています」と話していました。

☆自宅で過ごすように遊びながら学ぶ保育所
ヘルシンキ市の郊外に位置するエスポーの住宅街にある「ニイティマン保育所」は1991年に開設されました。園児は、2009年9月の訪問時には、1~2歳児クラスは8人と12人。3~5歳児クラスは21人の全部で41人。常勤の有資格の教師は3人で、保育資格者は5人ですが、その他に補助の先生も2人いました。その時点では、この保育所には就学前教育をするプリスクールのクラスはありませんでした。

少人数のためか、とてもゆったりとした雰囲気の近所の保育園という感じで、タニア副園長も「うちの園は子ども達が自分の家のようにくつろいで、自由に遊びながら友達と楽しく自然に周りのことを学んでいくのが特徴」だと語っていました。受託時間の中心は朝8時から16時ですが、延長保育もしています。親の職業は会社員が多く、専業主婦は6人でした。

この園も統合保育をしていますが、現在は軽度の発達障害がある子どもは5人で、多くは言語障害があり、バランス感覚が悪い、車椅子の子どもなど多様ですが、入園後半年か1年ぐらいで、本人も周りの子ども達も自然に慣れていく様子を副園長先生が話してくれました。

さて、園の活動ですが、2週間ごとのテーマは写真にあるように「へびの足」です。それを具体的な1週間のプログラム、月曜は音楽・歌・楽器、火曜はアートクラフト・ペイント、水曜がお芝居・スポーツ、木曜は室内ジム・体育で金曜の自由遊びを通して表現していきます。
この日は月曜で、3~5歳児のクラスでは、オレンジ色のバリエーションを素材や織り方で手触りの違う布をいくつか使って、その中に紫色を混ぜて認識させる遊びを行い、にょろにょろゴロゴロとへびの行進のように、音楽に合わせて身体表現をしていました。

へびの足のポスター オレンジ色のバリエーション 順番に身体でイメージを表現

2階建てのドールハウスの前には女の子達が集まり、それとは別にお城で戦闘ごっこをしている男の子達がいました。先生のお話では、女の子はドレスを着て変身するお姫様ごっこや男の子は動物の着ぐるみが大好きとか。これはいろいろな国で見かける共通の特徴です。

男の子達が好きなお城 先生用の椅子は必需品

この園に限らず、保育所のトイレには先生の腰痛予防に大人用の椅子をよく見かけます。また、ここでは、一人ひとりの子どもの体の発達が違うので尿意や排便のタイミングに合うように、トイレにも個人用の補助机が置いてありました。

どの部屋も天井から壁、棚をテーマごとに子ども達や先生が制作した作品が飾られていて、まるでアトリエのようでした。お昼寝の部屋も家庭の一室でくつろいで眠る居心地の良い感じです。フィンランドで訪れた園では、どこでもトイレや寝室、オムツ替えコーナーにも「ムーミン」の仲間達の絵が貼られており、国民的キャラクターが守護神のように子ども達を見守っていました。

テーマに沿って作品を飾る お昼寝部屋にはムーミンが一緒

☆多様な子どもが育つ文化を受け入れて
同じヘルシンキにある「シーリティアン保育所」は1963年に設立されて、建物の一部は10年前に改築されています。http://www.kolumbus.fi/pk.siilitie/
この園では25%の子どもが多文化な家庭から通っています。サマリア出身者が一番多く、補助教員にもサマリア人がいます。その他には、今年はロシア、エストニア、旧ユーゴスラビアやコソボなどです。

園舎の前にある園庭 イスラム教徒の先生もいます

ヘルシンキは大都市なので、園を10のユニットに分けて園の先生達が情報交換を緊密にしており、多文化な子ども達にわかりやすい小さなフィンランド語のカードやプログラムを協同で制作しているそうです。同じユニットには養護学級がある園もあり、この園には言語治療士がいます。両親がともに外国籍の子どもが多く通っている園では、子どもの発達に合わせて早い時期にフィンランド語を習得できる訓練を試みています。

フィンランド語の絵カード・・着る。脱ぐ。

エイヤ・カイサ園長先生は、「フィンランド人の子どもにもいろいろな発達段階や個性があるので、多文化な子どもだから特別だとは思いません。長い間の経験から子どもの小さなサインを見逃さないようにしています。タイミングよく早期介入することで、その子や親の手助けをできるし、子どもは小さい子ほど園生活に慣れるのが早いと思います」

ここの園児は7つのグループに分かれていて、3歳未満が2クラスで12人と13人。3~6歳児は5クラスあって3クラスは22人ずつ。2クラスは14人ずつです。その中には、35人のプリスクール児も含まれていて、全部で119人です。 プリスクールの子ども達は毎日、通常の年齢混合のグループから分かれて、就学のための数や文字などの勉強するプリスクール・タイムがあります。ここの教員やスタッフは27人で看護師もいます。

1週間は、月曜が自由遊び、火曜は音楽、水曜はアート、木曜はハンドクラフト、金曜は園の内外でスポーツ・体育というプログラムです。モンテッソーリや他の教育メソッドも取り入れて、木の実や葉っぱなど自然の素材を集めて作った成果発表やディスプレイは頻繁に行っている様子でした。冬場はスキーやスケートも楽しめるのが北欧の良さですね。

1日のプログラムは主として8時~16時の8時間が基本ですが、6時半から園は始まり、8時に朝食。8時半から活動開始。11時半に昼食。14時半にはスナック。15時から外遊びで、17時半には降園になります。

1~2歳児の昼食 じゃがいもにソーセージ、トマトソース 窓際で子ども2人が食事中

この園が属しているユニット・グループでは、新しい教育メソッドを創り出すために、それぞれ7チームが持ち味を生かして、ヘルシンキ大学の先生方と協同の大きなプロジェクトで研究をしているそうです。とても意欲的な園長先生に現在の課題を聞いてみました。

「園の先生は65歳が定年なので、平均年齢が高くなっています。ここは20代半ばから中心は40~50代ですね。でも、私はこの仕事に誇りを持って働いています。とくに多文化な家族への援助ができるのは保育園のメリットだと思います」

「その一方で、国籍には関係なく、社会経済的に恵まれない家庭では親の教育意識が低く、さらに、親のアルコール依存症や家庭内暴力の対象に子どもがなることもあります。ソシャールワーカーと一緒に親への連絡をこまめにとって、ときには更生のためのメンタル・プログラムを紹介することもあります」

多様な家族を抱える保育所の現場では、地域の園同士や専門施設、警察や病院など横の連携と学校や大学など縦のネットワークで情報を交換しながら支え合うことが、どの国でも前向きな取り組みとして実践して効果をあげているようです。

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