【第32回】デンマークの子どもの育ちを支える福祉と保育教育サービス

執筆者: 山岡 テイ (情報教育研究所所長)

デンマークを訪れるといつも不思議な安堵感があります。人は自分の成育した環境に近い場所へ行くと親近性を抱くことができるものです。酪農国のデンマークは私が生まれ育った北海道と共通した環境風土だからでしょうか。街中や郊外を歩いていても、施設で人に会っても、なぜか故郷に帰ったような安心感と親しみがもてます。

それは単に個人的な理由だけではなくて、現地の友人達や取材でお話を聞く人達からは、たとえ困難な状況にあっても前向きに取り組んでいる様子が感じられたからです。さらに、その背景には手厚い福祉や保育教育の施策が家族を支えていることを実感しました。今回は、デンマークで子どもを産み育てる日常をいろいろな場面で出逢った人達の活動や意見を通してお伝えします。

☆いまの生活を充実できる子育て手当
取材先の学校へ向かう途中で偶然に出逢った父親は、ベビーカーの上でメモを確認していました。それは、これからスーパーや専門店へ買い物に行くための購入リストでした。彼は、医療機器を開発している研究者で、今日で育児休暇が終わり明日から職場に復帰する予定とか。

「母親は産休をとって、現在はフルタイムで働いているので、その後は自分がバトンタッチして育児休暇をとりました。赤ちゃんの時期をずっと一緒に過ごせてとてもよかった。いい経験ができたし、職場に戻るとまた新鮮な気持ちで研究が続けられると思う。」と、父親が産後休暇をとるのは周りでも結構多いとのことでした。

コペンハーゲンの街を流れる大きな運河沿いは、格好のベビーカーの散歩道です。つぎつぎにベビーカーを押してくる人達が続き、まるでベビーカーのラッシュアワーのようでした。その一人は、現在8か月になる男の子の母親で出産休暇中です。

デンマークでは出産前後に母親と父親が合わせて52週間の休暇がとれます。彼女は出産前の4週間と出産後の6カ月(24週間)の給料は支給されて、その後の6カ月も政府から失業給付相当額が支払われると話していました。夫が海外在住なので、すべての休暇を彼女が使うそうです。

デンマークでは父親が産後休暇をとれる期間は、子どもが生まれた後に2週間の他に、母親が取得可能な10週間も父親が代わって取ることができます。さらに、子どもが9歳になるまでに32週間分の育児休暇は父母間で必要な時に、どちらかが自由に取得することができます。出産育児休暇中はマタニティ基金から最低でも7割は給付されますが、職場によっても異なるようです。

現在デンマークでは女性が最初の子どもを産む平均年齢は28-29歳で、出生率が1.85(2008年)と他のヨーロッパの国に比べても高く、デンマークの移民女性の出生率は1.97です。15-64歳の女性労働力は76%で、ヨーロッパでは第1位がアイスランド84%、スウェーデン78%に次いでデンマークが第3位になっています。

彼女は、「自分としてはちょうどいい時期に子どもを出産できたと思っています。1歳になったら保育園に預ける予定ですけれど、家庭に子どもがいる現在の生活を大事に育てていきたいので、働き方もこれからは変わると思う。自分が育ってきたように自由で自立した道を歩んでほしい。いま私まわりの友人達はベビーブームですよ。」と幸せに満ちた口調で語っていました。

産休最後の日の父親 出産休暇中の母親 祖父母世代のお散歩も多い

☆すべての子どもに保育教育の機会を
 デンマーク政府の家族政策は、≪現代の家族の形に見合った、幅広い定義に基づいている。焦点を当てる家族は、父母と子ども2人という核家族のみならず、片親、“混合型”家族、ホモセクシャル・カップルや他のさまざまなタイプの家族も含まれる。≫さらに、≪家族の基盤を世帯のみに置かず、兄弟、両親、祖父母、いとこなどさまざまな関係から成り立つネットワークとして理解する。≫とあり、まさに、広義の“多文化子育て”を目ざした政策といえるでしょう。

また、父母が同様に「育児休暇」が取得できることや「マタニティ基金」からの給付の最終的な目的は、≪労働市場の民間部門での男女の就労の偏りを是正することにあり、更なる男女平等の推進である≫と掲げています。この題目が、実際の生活の中に根づいていることが特記すべきことでしょう。(出典:デンマーク大使館日本語サイト ファクトシート・デンマーク)

ちなみに、日本でも採決された「子ども手当」法案ですが、デンマークでは、すべての子ども、つまり親の婚姻形態に関係なく、0-17歳まで年4回支給されています。 2010年度では、1回につき、0-2歳は、4,247kr(1デンマーク・クローネ=16円で計算:約6万8千円)、3-6歳は3,362kr(約5万4千円)、7-17歳は2,645kr(約4万2千円)ですが、家族が病気や特別な事情などが場合は、さらに増額支給がされます。

この1月・4月・7月・10月の支給時期にお店ではこの子ども手当を見込んで、子ども用品の特別セールが企画されます。さらに、18歳からも「教育手当」が支給されますが、18-20歳までの支給額は親の収入や親と同居か独立しているかによっても異なります。最低額では1,150kr(約1万8千円)で、通称「カフェ・マネー(お茶代)」と呼ばれています。

さらに、親と同居の大学生は、毎月2,677kr(約4万3千円)で、独り暮らしの場合は5,384kr(約8万6千円)が支給されますが、この支給額にも40-60%の税金がかかる他、アルバイトで得る収入の年間上限額が定められています。私の友人達も30年前にも同じシステムで大学へ通った経験があると語っていました。

複数の園から森に集合 木のぶらんこは順番に お楽しみの創作童話

☆都会の園児も自然の中へ出かけて
第30回の『デンマークの自然の中で動物と過ごす農園幼稚園』では、郊外の自然豊かな環境にある園の活動をご紹介しましたが、コペンハーゲンの街中で働く家庭の子ども達が通うニュボーダ幼稚園を訪ねてみました。

今週は、園児達が毎日森に通うことになっているので、園の最寄り駅で待ち合わせをしました。その日は園児2人が病欠のため18人の園児に先生が4人同行して電車で郊外へと移動しました。子ども達が乗りこんだ車両は自転車やベビーカー、車イスが乗れるように車両の中央に広いスペースがとってあります。目的地の駅を降りると目前に海が広がり、対岸にはスウェーデンが見えました。

駅の前で、子ども達は9人ずつ2つのグループに分かれました。基本的には年少児班と年長児班です。それぞれ歩くペースも興味の対象も違うので、先生も2人ずつに別れて目的の広場へと向かいます。年少児達は途中でカエルやいろいろな虫に遭遇しては、そのつど遊びながらのんびりと進みます。ここは統合教育をしている園なので、多動の子達は年長でも年少組に入ってゆっくり自分のペースで歩いていきます。

この幼稚園の園児は3歳から5歳まで20人で教員は5人です。受託時間は7時半から17時までです。教員で有資格者はラニア園長と主任のスザンナ先生の2人だけで、他の先生はこれから資格を取る予定です。男性のアラン先生は12年くらい様々な仕事を経験して、ここでは5年間働いていますが、来年からは仕事を辞めて大学に入学して勉学に専念すると言っていました。

このように、多くの国では、資格をもっていなくても、まずは、園で自分が保育士として適性があるかを確かめるために働いている人達によく出会います。基本的には、園の先生に限らず日本は最初に資格を取得してから、仕事に就くことが前提にあることが多いです。しかし、とりあえず現場で実体験してみてから学校へ行くのは理にかなっているように思います。

森の小道を奥へと進むと、とても開放的な広場のような所に辿りつきました。同じように園外活動として、他のいくつかの幼稚園からも園児達が集まって来ています。他の園の先生方にもお話を伺ってみると、定期的に森に来ている園もあれば、春や秋の自然の季節変化が感じられる時期にだけ何回か訪れる園など異なっていました。

あちこちに木で作った自然素材の遊具が点在しているので、子ども達は自由に好きな場所に行って遊び走り回っています。どこへ行くとなにがあるのかよく知っている広い園庭という感じです。お昼のお弁当が終わると、今度は全員一緒に帰ります。歩いている途中で、立ち止まると、枝には手紙と小さなミント・ヌガーがリボンでぶら下がっていました。

先生が手紙を開けるとドイツ語で書かれたお礼の文面でした。「この前は食事をありがとう。とても助かったよ。そのお礼の気持ちを今度は君達へ返したいと思う。」これは、ドイツ人の水兵さんが舟で漂流していて北の離島に辿り着き、空腹だった彼に先生方が食事をごちそうしたという創作話を子ども達に聞かせてあったのです。そのお返しのお礼がここに今日届いているという設定なのです。

そのフェアウォネという島出身の園児は自分が主人公のような気分になり、ドイツ人の園児には、先生がゆっくりと読む手紙の文面を他の子ども達に通訳してもらいます。新しく入園した子どもやまだ慣れない子どもへの機知に富んだ活躍の場も与えています。「ぼくらは、こんなの見いーつけたぁ」なんて、他の園の子ども達に小さなお菓子を見せてはしゃいでいました。

☆歴史ある建築物を活かした園舎
 駅へは電車の出発時間よりもかなり早い目に着きました。駅の構内で保護者が作ってくれたケーキを食べながら、ノルウェーの昔話「三匹のやぎのがらがらどん」やグリム童話「白雪姫と七人の小人達」などを先生と子ども達が順番に演じています。

帰りの電車では疲れたためかコックリする子もいました。9時半すぎに園を出発して、園に戻ったのは2時すぎでした。園で過ごす日は12時から2時まではお昼寝をする子もいます。

その後は、園の中で思い思いのコーナー遊びをしていましたが、4時ごろから徐々に親や祖父母がお迎えに来ます。この園は歴史ある建物でクリスチャン四世が在位時(1588年-1648年)に、軍隊や海軍兵のための居住地として建設されて、近年まで水兵や海運関係者の家族が住んでいました。現在はアパートやこの園のように施設が利用しています。昔ながらの特徴ある黄色い色調の壁で、建物の限られたスペースを活かして、階段の上にツリー・ハウスを設けたり、折りたたみ家具で空間を確保したりといろいろ工夫しながら使っています。

電車を待つ間は構内が劇場に 壁には折りたたみ家具を収納
スペース有効利用の園庭 2人を自転車に接続して運ぶ

お迎えに来た母親にお話を伺いました。アメリカ出身のパキスタン人でIT関係の仕事をしている方は、5歳ともうすぐ3歳になる男の子の2人を預けています。イスラム教ですが、園の行事では宗教的な違和感はないとのことでした。ご自身がアメリカで教育を受けて育ったのと比べると、デンマークは園生活も含めて全体的にとても自由だと思う。しつけもアメリカのほうが厳しくて、園や家庭での教育も熱心だったので、どちらも一長一短だと語っていました。他のデンマーク人の母親達2人も同じように自由保育への賛否両論でした。

園の周辺エリアは大使館やアカデミックな研究者の家族、外国人の園児も多いので、アメリカ、ブラジル、パキスタン、ドイツ、アルジェリアなど半数近くが外国につながる家族の子ども達です。

ラニア園長は、「教育プログラムは、言語・自然・文化・美術・身体・音楽の6つのテーマ領域から基本的に形作られています。自然志向の幼稚園ということではありませんが、園庭は狭いので、園外での活動として森へ行ったり、動物農園など外へ出かけたりする機会を多くもっています。」

「保護者の多くは責任ある仕事で毎日忙しいのが現状です。でも、自分の子どもだけを見つめて一喜一憂するのではなくて、せっかく園では協同生活をしているので、他の子ども達、たとえば年齢や性差を超えて、大きな視野から自分の子どもを捉えるようにしてほしいですね。」と、近年は一般的に園の先生にしつけはお任せという親や自己中心的な子どもが増えていることを危惧した園長先生からのコメントでした。

☆地域の図書館が家族の憩いの場
コペンハーゲンの市街地や郊外の町を歩いていると、どこでも目を引く建物は図書館です。小さな図書館でもいろいろなイベント企画や展示に趣向を凝らしています。また、北欧独特のシンプルで色彩豊かなインテリアも快適な空間を演出しています。

コペンハーゲンから約40Km北に『ハムレット』の舞台として有名なクロンボー城があるヘルンシンオアがあります。その近くにあるエスパゲーデの図書館に立ち寄ると、老若男女が一堂に会していて、日本の児童館と公民館やコミュニティセンター、趣味のクラブやサロン、大学の図書館のロビーが一緒になったような印象を受けました。

本の貸し出しや返却、新聞や雑誌を読みに来ている他にも、家族全員で遊びに来ている光景を見かけます。年齢の違う子ども達はそれぞれ自分の興味のあるコーナーに行って、TVゲームをしたり、DVDを観たりしているのは日本と同じですが、親子で一緒に遊んでいる人達がとても多く目につき、まるで家族の憩いの場のようです。

小学生の娘さん2人と来ていた父親に話を伺うと、「休みの日は必ず図書館に来ます。家では娘となにか一緒にするということはあまりないのですが、ここに来ると、下の子とゲームをしたり、図書館で個人参加できる次の展示物の制作を上の子とアイディアを出し合ったり、いまも、母親は自分の趣味の手芸の本を借りに行っていますよ」と話してくれました。

人形劇のコーナーでは、子どもが人形劇を演じて親が観客になっています。レゴや友達とままごと遊びをしている子どもの横では、親は読書をしていました。小さな子ども達も公共の場であることを心得ており、園や学校、家庭とは異なりマナーを守った遊びの広げ方を楽しんでいるように見受けました。

娘と父親が仲良くゲーム 子どもの人形劇を親は鑑賞中 子どもは遊びに夢中、親は読書

図書館へ行く途中におもしろい木に出会いました。沢山の子ども達が愛用したおしゃぶりが一本の木にぶら下げてあるのです。この『おしゃぶりの木』ですが、昔からの伝統ではなくて、この30-40年ぐらいの間に国内のあちこちに出現したとか。

子ども本人が、「もうそろそろわたしは、お姉ちゃん(お兄ちゃん)になったので、おしゃぶりはやめます」と宣言して、この木にぶら下げるために自主的に持ってくる場合と、歯医者さんに渡してお願いすることもあるようです。 ちなみに友人の娘さんは3歳の時に歯医者さんに持っていったそうです。ところが、後日それは早すぎたとすぐに後悔したけれど、すでに遅かったと本人が昔のエピソードを語ってくれました。どの国や土地にも独自の儀式や子育ての知恵がありますが、小さな子どもであっても、本人が決定権を握って行うことに意味があるように感じました。

おしゃぶりの木

☆国民幸福度と個人の幸福度の相違と一致
 2006年に続いて、2008年もイギリスのレスター大学で実施された『世界で幸福度が最も高い国』ランキングで、デンマークは再び第1位になりました。2006年の同調査では、178国の中で日本はなんと90位。幸せを測る指標は個々人と国全体では指標が異なる項目もあるかもしれません。  ちなみに、この調査データでは、国民の幸福感は健康度と一番高く相関しており、つぎは富、そして教育供給が続いていたそうです。http://www.eurekalert.org/pub_releases/2006-07/uol-uol072706.php

スウェーデンに本部をもつ国際非営利調査機関であるワールド・ヴァリューズ・サーベイ(世界価値観調査)の統計結果でも、2008年にデンマークは1位になりました。その後、現在の『幸せの世界地図』は項目別に変化して塗り替えられています。世界の国を幸福度指数140未満、170未満、170以上の3段階分類で色分け表示しており、デンマークも日本も170以上の上位グループです。そして、140未満には、乳児死亡率も高い政情不安な国々が、上記のレスター大学の幸福度調査と同様に名前を連ねており、国政と国民が同じ運命を背負っていることをも示しています。
http://www.worldvaluessurvey.org/wvs.jsp

今回のデンマーク取材では、園や国民学校、学童保育の他に、地域や学校で困難に直面している多文化共生を推進するプロジェクト・チーム活動や問題行動を繰り返す子ども達とその保護者が親子で教育療法を受ける施設も訪問しました。 そして、それらのほとんどが公的資金で運営されています。また、青年に成長した障がいをもつ人達が、自立できるような援助をはじめとして、子どもから成人まで一人ひとりを家族政策が支えている日常を垣間見ることができました。

所得税が収入の約半分で、消費税は25%の国であれば、福祉行政が整っていて当然であるともいえるでしょう。しかしながら、将来の教育費や医療費負担を気にせずに出産や育児ができることや社会的少数派(マイノリティ)に対す理解支援が根づく環境が、いまの子育て生活を安心して送れる「幸福感」にも確かにつながっているように思えました。

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