【第31回】子どもが自由に遊びを広げるデンマークの学童保育(SFO)
執筆者: 山岡 テイ (情報教育研究所所長)
☆北欧は自転車の種類が豊富
コペンハーゲン市から電車で西に20分くらいの位置にあるロスキレ市には、デンマークで最も歴史のあるロスキレ大聖堂が街の中心部にそびえ立っています。
このロスキレ駅にフィンランド経由で私が着いたとき、友人の夫が自転車で迎えに来てくれました。身長が190cmくらいの彼の自転車の前にはリヤカーのような荷物入れがジョイントされていました。そこにスーツケースを入れて、私には彼が予め乗って来て駅に置いてあった彼の自転車を貸してくれるということでした。ところが、身長差のためか、サドルは私の胸のあたりで調整はできず、仮に足をバレリーナーのように高く上げてみても、とても乗れそうにはありません。
結局、駅の近くの自転車屋さんへ行って自転車を借りて、彼らの家へと辿りつくことができました。デンマークの自転車のブレーキはレバーではなくて、ペダルを前に踏むと進み、後ろに踏むとブレーキになるので、走り始めて慣れるまで少し戸惑いました。
デンマークの前に取材したフィンランドでも現地の友人宅に泊まり、その家の自転車を借りて学校や園を訪問しました。北欧や他のドイツやフランスなどヨーロッパの国々では、かなり以前から都市部でも自家用車には乗らず、自転車道路で通学・通勤している家族が増えている実状です。
スーパーの自転車グッズのコーナーには安全に運転できる便利な小物の種類が多く陳列されています。また、街を行きかう自転車のバリエーションも目を引きます。ドイツでは『【第15回】自然の中に子ども達が溶け込むドイツの森の幼稚園』の最後の写真でご紹介した親子自転車もありましたが、デンマークでもさまざまな特別仕様の自転車を見かけました。
また、電車には自転車専用車両もあって、自転車と電車を乗り継いで仕事や学校に行くこともできるようになっています。日本のラッシュ・アワーを考えると、いつも別世界のような気がします。
学校の校庭にもタイプの違う自転車がいくつか置いてあって、遊具として使われており、日常的に環境保護の面からも、雨の日も風の日も多くの家族が自転車を愛用しています。当然のことながら、友人が学童保育の先生をしている学校へは私も自転車で訪れました。
☆自分の好きな手作り活動に夢中
ロスキレ市のクロスターマークス学校は、0学年クラス(キンダーガルテン・クラス)と1学年から9学年までの子ども達が通う学校で、生徒数は550人です。デンマークでは幼稚園が終わって入学する国民学校は小中一貫校です。実質的に0学年から始まり、その後9学年ですが、自分でもう1年延長して10学年に通うこともできます。http://si.klostermarksskolen.roskilde.dk/
この学校の学童保育SFO(以後SFOと記載します)は、広い敷地の中に3ヵ所あり、それぞれ100人、70人、72人ずつで、0学年から3学年までの子どもがいます。72人の子ども達が集うSFOを尋ねました。日本の保育所の延長保育のように、学校の授業時間は8時から11時30分までですが、朝は6時30分から来る子達もいて、夕方は5時までです。
基本的には11時30分の昼食が終わると、1時間くらいは外遊びをしてからSFOの校舎へ三々五々集まって来ます。3階くらいの高さの吹き抜けがある中央の部分は、さまざまな室内遊びができるコーナーやガラス張りで仕切られた部屋で構成されています。
SFOでの専門指導員の先生は7人いて手芸だけでも、編み物、縫物、染物、パール、アクセサリーなどそれぞれ得意の分野があります。でも、基本的には技術的な指導を伴う木工工芸や縫物や編み物の部屋以外は、子ども達は自分で思い思いの遊びを広げています。コーナーを順番に回ってみました。
人形劇やお芝居、バンド演奏やダンスなどができるスタジオ、その前には紙粘土のような素材で作り上げた山のような形をした要塞があります。その周りには男の子達が集まって、ミニチュアの戦士や馬で戦闘ごっこが繰り広げられています。
つぎは、ラッピングから箱物、金属溶接、木工など工芸全般の担当であるアンネリズ先生からお話を聞き、子ども達の作品を見せてもらいました。上手に板をカットしてその上に柄の布を貼り、小物をレイアウトしたドール・ハウス、人形劇のお人形、凧揚げで遊ぶための凧作りなど。作って終わりになる作品よりは、その後に制作したもので遊びを広げることができる作品が多いようです。
手作りは制作中も完成時も嬉しい | フエルトでカンガルーの親子人形 |
お絵描きや4コマ漫画のようなものを描いている子、読書をしたり、1対1でボード・ゲームをしていたり、子どもサイズのビリヤードやカード・ゲームに興じる子達もいます。デンマークと言えばレゴが生まれた国です。いろいろな種類やサイズのレゴ、大きなブロックなど、レゴ・ブロックのコーナーには何人もの子ども達が意欲的な作品を協力して作っていました。
私の友人であるカレン先生の「手芸教室」へ行くと7-8人の子ども達がフエルトを切って綿をつめた人形やビーズでアクセサリーを真剣な表情で作っています。自分で作りたいものを選んで、それぞれ作っていますが、手をあげて順番に先生にちょっとしたヒントを教えてもらいます。すると、とても納得した顔をしてまた作業を続ける。そんな繰り返しです。どの子もとても集中力があるのには驚きました。
黙々と作る子がほとんどですが、1時間くらいすると、おやつの時間になり、調理室へ移動してラスクと飲み物をいただきます。その後はまた別の遊びを始める子もいれば、同じ遊びに戻る子もいます。最初に「手芸教室」へ行ったときは女の子ばかりでしたが、あとでまた来てみると、今度は男の子が半分くらい参加していました。カンガルーの親子をフエルトで作っていた3年生の子は「これはお母さんへの誕生日プレゼントにするの」と小さな声で教えてくれました。
大きなレゴ・ブロックで家具づくり | 塗り絵やお絵かきのコーナー |
☆午後の時間を自分でデザインする
SFOの多くのプログラムはとくに決められてはいません。子ども達の様子を見て、そろそろ地下にあるジムでボール遊びをするために、体育系の先生がチーム・プレイを見守っています。この日は、マイケル・ジャクソンの音楽に合わせてドッチボールをしていました。 教育実習に来てすでに3ヵ月になるイエスパー先生がレフリー役をしていました。
1時から5時までの時間を、自分の好きな遊びを決めて自由に過ごすのですが、先生がたに伺うと、遊びは子どもの個性と性差が明確に出ているそうです。女の子に人気があるのは、縫物や編み物、手作りビーズ。レゴのドール・ハウスやぬり絵など。男の子はサッカー。ウオーハンマーやポケモンカード・ゲーム、お城の要塞での兵隊の戦闘ゲームなど。
真ん中には皆で作った要塞 | 吹き抜けから見ると、左下:ビリヤード、右下:カード・ゲームのコーナー |
宿題があるときは基本的に教室でします。3月1日に評価があるので、その前までは何人かは教室で宿題を済ませてから来ます。 読書などは家で親と一緒にする子もいるようです。
プログラムを固定するのではなくて、子ども一人ひとりが何を選んで、どのくらい続けるかを任せています。しかし、子ども同士の交流の様子を観察して必要な時にはタイミング良く手を差し伸べているようです。とくに、0学年の子どもの中にはまだ学校や長時間での友達との関わり方が慣れていない子どももいるようです。
いろいろな家庭背景や多文化な子どもも多いので、カレン先生に家庭との連絡について聞いてみました。「1年に2度、保護者との個人面接を2週間にわたって行います。家での子どもの様子や個別の要望を話してもらい、こちらもSFOでのその子の状況を伝えて情報交換をします。SFOでの楽しかったことや作った作品を持ち帰るのが好評で、家庭からも支持されていることが実感できる私達にとっても有益なことです」
「ちょうどその時、うまく遊ぶことができない子ども同士の親はその状況を把握していて、心配していましたが、それは一時的なことであり、子ども同士がこれから必ず解決できます」と経験に基づいて具体的に説明したそうです。まれにですが、子ども自身や家庭で問題を抱えている子どもがいるときはスクール・カウンセラーと一緒に対応することもあるそうです。
午後の長いゆったりと流れる時間の中で、親戚や近所のおばさんのような視点から子ども一人ひとりの成長や戸惑いを温かく見守っているような印象を受けました。
大勢の中ですから、子ども同士での感情の行き違いやけんかになることはよく起きます。ここでは、「Save the Children Denmark(デンマークではRed Barnetと呼ばれている)http://www.redbarnet.dk/」のキットを購入して、その講習会に出席してから学校で活用しています。このコミュニケーション・ツールは子ども達の間でよく起こる諍いの状況が紙芝居のようになっており、道徳教育の一環としても活用しているそうです。
屋内外でのボール・ゲームは人気 | 校舎の外の坂を使って遊び放題 | 先が見えないくらい広い校庭 |
☆保護者が積極的に学校へ参加
コペンハーゲン中央駅に程近いベスタブロにあるガスヴァルクスヴァーインス学校は、2006年8月に2クラスから新たに始まりました。http://www.gas.kk.dk/
それ以前にも、この校舎は1990年代には地域の国民学校として運営されていました。当時は大勢のアラブ系移民がこの地域のアパートに住んでおり、95%以上が外国籍の子ども達でした。それらの住民達が転居して最後は0学年に3人だけという状態になりました。
その後、校舎を受け継いで、マリアンヌ・リサカー校長先生はまったく新しい教育理念でこの学校を再スタートしました。学校の内外の建築もまだリニューアルの途上ですが、お話を伺っていると、いままでにはないような斬新なイメージでプロジェクトが進行しているようでした。
校庭の一角にネット状のジャングルジム | 校庭にはいろいろな遊具としての自転車 | 自宅の屋根裏部屋にいるようなスペース |
地域の有志による学校理事会や保護者が学校運営にとても協力的であること、そして、いくつかの学校再興プロジェクト・グループが動いていること。お抱えシェフがいるヘルシーなフード・スタジオがあって、旬の野菜を中心に調理しているとか。マリアンヌ先生ご自身が大の音楽愛好家で、学校もSFOも美術と音楽の芸術教育に特化しているそうです。
早速、校舎のスクール・ツアーに出かけました。2009年10月の訪問時には258人の在校生中、3人が帰宅組で、あとは全員がSFOに参加していました。教員は21人で教職員は全部で45人。SFOは1時過ぎに始まります。前述のロスキレ市のクロスターマークス学校のSFOでは広い敷地をあちこち横に駆け巡りましたが、この学校ではマンションのように細い階段を上へ下へと行ったり来たりして施設見学しました。
主に半地下や1階に施設が集中していますが、最上階にも立派な音楽スタジオや調理室、美術室、自分の部屋のようにゆっくりくつろげるサロンのようなドール・ハウスやお人形が沢山ある部屋もありました。キーボードを弾く女の子達と一緒に先生がミキシングをしているスタジオの他にも別の楽器が常設されている音楽スタジオがありました。
楽器が揃った音楽のスタジオ | 本格的な木工工芸室の設備 | 子ども達制作:スケート・ボード練習場 |
外の校庭で遊んでいる子ども達も多いのですが、一歩中に入ると、カラフルなスポンジ遊具が置かれて自由に遊べる部屋では、走り回る子ども達がいれば、何人かでゲームをしている男の子達もいます。その部屋の隣からは、オープンスペースを材料保存用の大きな棚で仕切っている各コーナーが続きます。
絵を描いている子や独自の工作をしている子、調理室でバナナを切っておやつを作る子の近くではボード・ゲームをしている子ども達。つぎのコーナーでは指導員の先生も一緒に紙粘土の上に紙を貼って色彩を施しています。その向こうのフェイス・ペイントのコーナーでは順番待ちです。ドラマ用のファンタジールームには、衣装や子ども達が制作した大きな人形など、まるでお芝居小屋の控室にお邪魔した感じでした。
工作や絵画用のコーナー | 調理室でバナナをカット | フェイス・ペイントはどこでも大人気 |
黙々と動物人形の下地になる球状づくり | 紙を貼り付けた球場に彩色します | 眠気を誘うまなざしの人形達 |
朝は7時半から夕方5時までのSFOは、平均して1ヵ月1,300DKK(デンマーククローネ/約¥22,300)で、2人目は半額になります。ちなみに幼稚園の月額は1,879DKKで、保育所は2,985DKKと年齢が低いほど高くなっています。
☆美術と音楽活動で個を活かす
現在の学校の保護者は2世代目の移民のアッパーミドル層が多く学校の運営方針に同意して子ども達を通わせているそうです。家庭背景としては多文化で混合家族や国際的な環境です。学校周辺もエスニックなお店が立ち並んでいました。
マリアンヌ校長先生は教員採用にあたっても独自の教育理念に沿った公募や面接で優秀な人材をリクルートしているとか。生徒指導計画は子どもを中心において教員と保護者も面接をしながら、得意な教科や個性が発展するような指導を三者で連携しながら進めているようです。
デンマークでもはカリキュラムは、さほど強制的ではなくて、とくにこの学校では教員に裁量権があるので、会議でも日常生活でもお互いにアイディアを出し合ってクラス経営を共通理解し合いながらうまく運営しているそうです。
「本校のSFOは、授業の延長だけではなくて、アートスクールのように子ども達が各ワークショップでクリエイティヴな意欲をもって楽しく創作活動ができるようSFOの先生がたが工夫しています」
「一番の願いは、子どもの安全性で、朝起きたときに“さあ。今日も学校へ行くぞ!”と喜んで意欲的に通って来てくれることです」と語っていました。
お迎え時に、どの部屋にいるかを名前ステッカーで表示 |
学童保育に限らず、環境や地域に根ざした教育や子育て支援を考えるとき、私は、『地の利を活かすこと』と、保護者の得意分野や一人ひとりの子ども独自の個性や好きなことで園や学校に深く関わること、つまり、『個の利を活かすこと』が大事だと思います。
さまざまな多文化社会で暮らし、環境も大きく異なる地域での子育てや教育を訪れるたびに、生き生きしている人に出会うと、「地域に根ざした自分ができることからの一歩」を始めているのが共通項のように感じます。