【第30回】デンマークの自然の中で動物と過ごす農園幼稚園
執筆者: 山岡 テイ (情報教育研究所所長)
『【第15回】自然の中に子ども達が溶け込むドイツの森の幼稚園』でもご紹介しましたが、「森の幼稚園」はデンマークで最初に誕生しました。デンマークの首都コペンハーゲンの周辺は豊かな自然に恵まれており、市街地であっても森や林、川や運河が近くに広がっています。そして、多くの幼稚園や保育所では、森の中に散策に出かける活動が日常的に取り入れられています。
今回は農家を園舎としてそのまま使い、牧場や馬小屋、納屋を園庭のように活かしている農園幼稚園(Farm Kindergarten)をレポートします。
☆農家や牧場を活かした家庭的な園舎
寒い風が吹く日に訪れた「ボーニゴス・バーニハーベ(農園幼稚園)」には、バス停から離れた一本道をひたすら歩いて辿り着きました。
途中に民家がほとんどなく、地平線が見えるような感じの平坦な道のりでした。遠くから眺めて、あそこしか家らしき所は他にないと確信して、木の実や果実が落ちている土壌の上を踏みしめて入っていくと、やっと人が住んでいる農家に到着しました。
玄関ドアを開けて入ると、土間の壁にある保護者への「告知版」にはお知らせや案内が貼ってあったので、やっと初めて「ここは幼稚園なのだ」と確認ができました。
農家をそのまま活かした園舎 |
家の中に案内されて入ると、そこは木目を生かした手作り家具がゆったりとしたスペースに配置された別荘のような雰囲気でした。
笑顔で迎えてくれた園長のイングリッド・ホーキィ先生は、「寒かったでしょう。いまストーヴに火をいれますね」と大きなストーヴに薪を焚きつけてくれました。寒くて震えあがっていた私にはなによりの歓迎でした。
この農園幼稚園は11年前にイングリッド先生が家族とともに始めて、1999年に正式に認可されました。部屋にレイアウトされた素敵な机やイスは園長先生の夫が園児のために制作なさったものです。園長先生は子どもの立場から高さや幅など機能性を要求するものの、一方、制作者である夫のほうは素材を活かすデザイン性を主張したとか。いつも議論を重ねて侃々諤々しながら作られた作品の数々に囲まれて生活しています。壁には昔ながらの自然素材が塗りこまれており、「生きている壁」と表現していました。
園児は2歳児が5人、3-4歳児が12人、5-6歳児が8人の全部で25人の家庭的な園です。先生は4人ですが、造形や絵画のアーティストの講師が週1回来て、子ども達にさまざまな材料や手法で制作を指導しています。
一般的な幼稚園と雰囲気が違ったのは、子どもの作品が壁や棚に並べられていなかったことです。子ども達の制作物は基本的に家へ持ち帰らせ、決まった期間だけ園舎の中やコーナーに展示して、保護者を招いてギャラリーのように公開するそうです。
この園舎の中で先生達が打ち合わせをしたり、子ども達が図書館のように絵本を読んだりなど活動にも使いますが、基本的には外で過ごすことが中心のようです。
外には、納屋がいくつもあって、大きな乳母車置き場、つまりガレージとして使われているところや馬小屋の一角には、手染めした羊毛やさまざまな枝や葉で作った大きなリース、ドライフラワーなどが収納されていました。大きな洗濯板はフエルトを作るときにも大活躍と言っていました。
ソーラー式電気スタンドがカラフル | 色染めしたウールや手作りのリース |
☆自然の中で幼児期を過ごす大切さ
名馬も飼育されています | 「ごはんをあげますよ~」 |
「子ども達は、たくさんの動物と一緒に暮らすのが大事です。子どもは朝来ると、まず自分のお気に入りの動物達に挨拶に行きますよ」と語るイングリッド先生。
馬は10頭、12匹の犬、ウサギにチンチラも何匹もいました。以前は豚、七面鳥や鶏も飼っていたのですが、鳥インフエンザや現在の豚インフルエンザの流行のために、室内では飼えなくなったそうです。
馬や犬はブリーダーのように名馬や名犬を育成しており品評会で優勝した経験も多く、豚や鶏も園長先生がすべて解体していたとか。彼女は17年前に当地に移ってきてからは、ずっと農園の経営者であり、その恵まれた自然の環境を幼児教育へと活かしているわけです。
家の外では、広い敷地の中で子ども達が点在して遊んでいます。大きな木の枝や板で作られた自然素材の遊具で遊ぶ子がいれば、小動物に餌をあげている子、砂場で遊んでいる姉弟もいます。食事以外は自由に1日中ほとんど遊んで過ごします。
年配の先生が薪を切っているのを手伝っている様子は、まるで、おじいちゃんと孫のようでした。昼ごはんに集まるコーナーでは、暖をとるために先生が焚き火をしていました。その横には毎年11月の中頃に行う「ランタン祭り」に使う素材がいろいろと用意されていました。東洋では旧正月の時期にランタン・フェスティバルが開催されますが、収穫祭など秋に行う国も多いようです。
薪を切っています | 朝のご挨拶です。子ども達は馬が大好き |
北欧は晩秋から冬にかけて5時や6時には、日が暮れてネオンもないこの周辺はかなり闇のように暗くなります。この幼稚園のランタン祭りでは、そんな暗闇に保護者も参加するお祭りをします。そのときは、いくら暗くても子ども達は「勝手知ったる他人の家」ならぬ「自分の家」のように、ゆっくりと自信をもって歩けるのですが、親のほうは暗闇をこわがってなかなか前に進めないとか。子ども達にとっては毎日の遊び場は、暗くても平気で木々にもぶつからず上手に歩けるようです。
砂場と遊び場の境目がありません | 先生の周りに男の子が群がって |
若い男の先生の周りに年長の子ども達が集まっていました。何人かで段ボールを使ってロボット車のような形にしています。この先生は市から派遣されて週に10時間ずつ園へ補助に来ています。
今日は9時半から1時までで、問題行動が見られる子どもや特別な支援を必要とする子どもが対象で、ここでは言葉の遅れがある子どもがいるので主にその子と関わっているようです。
保育所の0歳児から高校生まで広い範囲の保育教育施設を巡回訪問しているソシャール・ワーカーでした。
自然の遊具に囲まれて | お弁当をワゴンに入れて運びます |
農園幼稚園の1日のプログラムはとてもゆるやかで、受託時間は朝8時から午後3時までです。10時にはフルーツ。12時には昼食で、当番さんが籐製のワゴンに皆のお弁当を積んで運んできます。ときどき園ではいろいろな具の野菜スープを作ります。14時にはまたフルーツ・タイムです。
私もお話を伺いながら、梨やりんご、プラムやベリー類を木からとっていただきました。
もちろん自然農法で無農薬です。これらの時間以外はほとんど好きな遊びをみつけて駆け回っていました。
☆変わりつつある幼児教育制度
ドイツ出身の園長先生は、幼稚園の設立哲学がデンマーク方式とかなり異なっているようです。ここはコペンハーゲン市の近郊の中でもユニークな私立幼稚園ですが、幼稚園制度改革の波は押し寄せてきています。
とくに、昼食のお弁当については、彼女は国の方針を受け入れることができないと言います。幼稚園が給食を用意するように言われているが、現在多くの私立幼稚園がそれに反対しているそうです。
まず、この園で給食を作るには、農家の自宅用台所施設しかないので、園児全員の料理は現状ではできないこと。そのためには外部に大きな給食のために調理室を設備しなくてはならないこと。 かといって、外部の給食センターのような機関から購入することでは、園長が考える有機野菜などを使ったクオリティの高い給食を提供できないので受け入れられないと語っていました。
「子ども達は外で朝からずっと遊んでいるので、お昼はどの子もとてもお腹が空いています。他の幼稚園の子どもに比べて、うちの園児たちは大きなお弁当にいっぱいお昼ごはんを持ってきて、見事に食べ残さずに空にして帰ります」
「子ども達は元気に自由に遊ぶことと、その子の体質や好みに合ったお昼ご飯を親が配慮して、それをしっかり食べることで育っていくのです。みんなが同じものを同じ量で食べるのは押しつけだと思います」ときっぱり言い切ります。
保護者の中でも働く母親も多いので、親側のほうでは個別には給食への期待もあるようです。掃除の人を雇うのではなくて、金曜日には、4-5人の保護者が交代で来てくれて園の掃除をしてくれるそうです。園長先生は保護者のお母さん役のように固い信念と昔ながらのやり方を、できうる限り保持していきたいと語っていました。
赤いすべり台の向こうに馬が放牧されています |
朝、子どもを送りにきた3歳児の母親のサソア・スキッパーさんに、園を選んだ理由を尋ねました。「ここは自然の中で生活している環境です。子どもたちの人数が少ないので、一人ひとりに目が行き届き、先生たちも家族のようです。自分の実家に預けにきている感じで安心です。日中は思いっきり外で遊べるので、子どもはとても満足して毎日楽しんでいます。幼稚園のときは十分に遊べることが一番だと思ってここにしました」といくつかの園を回って決めたそうです。
デンマークでは自然に恵まれた農園幼稚園や自然幼稚園をいくつか訪問しましたが、いずれもターニング・ポイントにさしかかっていました。他の自然幼稚園では、経営上の問題から来年度は隣接する教育中心の園と統合して両方の特徴を兼ね備えた園にリニューアルするとのことでした。 環境を活かした独自の教育哲学をもつユニークな幼稚園が、少子化と時代の趨勢で次第に均一化していくのは、ここデンマークだけの現象ではありませんが、残念に思えました。