【第29回】オーストラリアの地域での組織連携による子育て支援
執筆者: 山岡 テイ (情報教育研究所所長)
オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ州(以下NSWと省略)は、オーストラリアのもっとも大きな都市シドニーが有名です。
同じNSWであっても内陸部に向かうと遠隔地が広がり、第27回(オーストラリアの遠隔地での移動保育所)と第28回(オーストラリアの「多機能アボリジニ児童サービス」)でご紹介した移動保育所や多機能アボリジニ児童サービス(MACS:Multifunctional Aboriginal Children’s Service)など、地域独自の幼児教育サービスが展開されています。
今回はそれらの中から地域のコミュニティを基盤にした子育て支援のさまざまな機関や行政組織との連携の実情、とくに、特別な社会的援助を必要としている家族への協働活動の様子をレポートします。
☆コミュニティ・センターでの地域独自の家族支援
NSW州の内陸部に位置するオレンジ市の名前は、後のオランダの王位を継ぐことになったオレンジ王子に由来して18世紀半ばにつけられたとか。人口は5.4万人で市内にはおよそ3.5万人が居住しており、お隣のカウラ町同様にワインの生産地として国内外でも有名です。
バサースト市から朝夕にだけ1往復するバスに乗って1時間でオレンジ市に到着。運転手の方に「帰りもこのバス停ですか?」と確かめると、「そう。夕方にまた私が来るからね」との返事でした。車社会のためか行きも帰りも途中だけ2~3人が乗り降りしたものの、おおむね貸し切り状態でした。降車後に早速、友人から聞いた住所のコミュニティ・センターを車で探して訪ねました。そこでは、地域内に点在して居住するアボリジニの子育てグループや家族支援の集会をしているということでした。
ところが、子育てグループというのに、駐車場ですれ違う親達は子どもを預けて仕事先に急いでいる様子なのです。それもそのはず、なんと、このコミュニティ・センターでは、家庭保育(FDC: Family Day Care)の保育ママさん達とお世話をしている子ども達が集まっていたのです。
普段はそれぞれの自宅での活動ですが、5人の保育ママさんと25人の子ども達が一堂に集まって遊ぶことができて、お互いに情報交換できるのは、とても貴重な時間のようです。
ファミリー・デイ・ケアは生後から5歳児までが中心ですが、学校の夏期休暇時や放課後の学童保育も含まれています。その他、保護者の求職活動や勉学、パートタイムや急病のために一時的に子どもを預かったり、家族のように子育てへの助言なども行ったりと広い範囲の子育て支援を担っているケースも見られます。
偶然にも迷い込んだ施設では、保育ママさん達の他にプレィグループのコーディネーターがお世話をしており、ちょうど行政の担当者であるメーガン・ドウソンさんが定期的に情報や資料を提供し、活動記録を調査する順回訪問をしていてお話を伺いました。
巡回訪問の担当者が資料を提供 | 家庭保育ママさんと情報を交換 | 広い庭で他の子ども達とも遊べます |
その後、当初の目的地であるグレンロイ・グラスポッパーズ・プレィグループが集会をしているコミュニティ・センターへと向かいました。場所が分かりにくかったのは、この集会施設は同じ地域内にある個人の住宅だったのです。もともとは、一般の住居だった建物を持ち主の篤志家が寄贈したもので、現在はコミュニティ・ハウスとして使われていました。
子育てグループの参加者は毎週火曜日の9時半から11時までに集まってきます。一つの部屋では養護学校から出向してきたスー先生が3歳と5歳の子ども達に絵本を読んだり、絵合わせのパズルをさせたりしていました。子ども達の発達段階はかなり個人差が見られましたが、毎回6-7家族で10人以内くらいの子どもが参加しているそうです。
利用している家族は、近隣からの先住民族が中心ですが、両親共に無職で生活保護を受けている家族も多いようです。ここでは、インターネットや電話、パソコンやプリンターなども使用できます。
次ページの写真にもあるように、パンや牛乳、ポテトチップスなども販売されており、子どもが遊んでいる間に親は設備を活用できるので便利だと言っていました。
親達はインターネットや電話が使えます | おばあちゃんや他の家族も総出で参加 | 耳の病気や聴力への関心を高めるポスター |
☆コミュニティ・センター学校(SaCC)の試み
第28回にレポートしましたカウラ町の多機能アボリジニ児童サービス(MACS)にあった掲示板でも「中耳炎」の告知ポスターが目を引きました。このコミュニティ・ハウスの中でも「耳の病気と聴力の関係」とか、「もしKoori Kids (アボリジニの子ども達)が聞こえないと読むことも学ぶこともできない」というような内容のチラシやポスターが目立ちました。
アボリジニの子ども達の中で耳の病気の発症率が高いのは遺伝的な要因や感染によることが多いそうです。子育てグループのお世話をしているコーディネーターの人達は、日常的に親が子どもの聴力が正常かどうかの関心が低く、また他の子に比べてうちの子は違うという認識をする機会が少ないことも発見が遅くなる原因だと話していました。
ここでは定期的に看護師が来て聴力検査も行っており効果をあげているそうです。早い時期に耳の病気を防いで、どの子にも学びの準備ができるようにしている基盤には、「Schools as Community Centres (SaCC)」という行政のプログラムが奨励されている背景があります。
プリスクールや小学校への就学率が低い先住民の子ども達やその保護者には、まず近くの地域のコミュニティ・センターに親しんで来てもらうことから始まります。お父さんやおばあちゃんが子どもを連れてくることも多いようです。
子どもは他の同年齢の子ども達と出会うことで、遊びを通して社会性を養い、お絵描き、数や形、言葉の学習能力も同時に高めていくことができます。さらに「アボリジニ女性のための健康ライフスタイル・グループ」の集会案内もありました。また、大人に向けた技術訓練コースなども用意されている所もあるようです。
その他にも、プリスクールは有料ですが、地元の小学校では、「Kinderstart」という無料のプログラムを週2回行っています。2時間コースと9時半から2時半までの一日コースの組み合わせです。これらのプログラムは小学校入学への移行をスムーズにするために開講されています。コミュニティ・センターでの予備的な学習段階を経ることで、自然なかたちで子ども達が小学校へと行けるように、州政府や地元の行政では、保健医療や教育機関と連動してサポートしています。
☆保育士と保護者や他の機関との協働連携
同じオレンジ市にあるスプリング・ストリート・ロング・ディ・ケア・センターという保育所を訪ねました。中に入ると受付にはだれもいないので、裏庭のほうへ回ると、バニーガールのような長い耳をつけた保育士の先生がほほ笑みながら近づいて来ました。いろいろな種類のサンドイッチが盛られた大きな皿を目の前に出して「どうぞ、いかがですか?」と勧めてくれました。お昼時のすてきな歓迎でした。
その日はちょうど「テディベア・ピクニックディ」というイベントが開催されていました。子ども達は自宅からお気に入りのテディ・ベアを持参して一緒にピクニックに行くという想定です。
この園には70家族の82人の子ども達が、1日平均して50人くらいが通っています。その内38%がアボリジニで、スーダン人が2人。いろいろ複雑な家族背景に育つ子ども達も多く、経済的にもおよそ4割は低所得層だそうです。水曜を除いては朝の8時から夜6時までの全日プログラムです。
ジェーン・マックマスター園長先生は、「うちの園では、子ども一人ひとりの個性を理解して、それが毎日の保育に活かされるようにしています。保護者の希望も詳しく尋ねてできるだけ優先しています」との言葉どおり、各園児の細かな特徴が書き込まれた個人調書がありました。
入園時だけではなくて、必要に応じて「インフォメーション・シート」や「コミュニケーション・シート」の内容は更新されています。一般的な排泄や睡眠、食事やアレルギーの他にも、その子どもの行動の特徴、癖や特別な意味をもつ言葉の説明、保護者からの要望もありました。たとえば、子どもの当面の課題や気になること、園からは日々どのようなことを報告してほしいか、逆に園に対して保護者ができることなど、さまざまな観点から記入してもらっています。
食事はアレルギーの除去食を徹底しており、イスラム教の1人の子どものためにはハラル(Halal)という特別な食材も用意しているとか。その他にも、この子は蚊に刺されるととても腫れるとかこの子は疲れやすいので横になって休ませるという身体の特徴だけでなく、多動や自閉傾向など子ども達の個性をどのようにすると大切にして活かしていけるかを考えているようです。
この園では、親の任意で地域の言語治療士や養護教員チームによるハブ・アンド・スポーク・プログラムというスクリーニング・テストも実施しています。行動や言語発達で特別な援助を必要とする子ども達もいますので、ジェーン園長先生は「私達、園のスタッフだけでは解決できない課題も多く抱えています。積極的に地域や市行政の中での他の機関や組織の専門家や先生達にも来ていただき、相談に乗ってもらうなど子ども達を複数の目で見守っていく姿勢を基本にしています。」と語っていました。
テディベア・ピクニックで遠足気分 | 乳児クラス。中央のかごは天井からの釣りベッド | 真剣に数の学習をしています |
☆積極的な早期介入の出前サービス
バサースト市にあるバサースト幼児教育介入サービス( BECIS: Bathurst Early Childhood Intervention Service )には、おもに自閉症やADHD、ダウン症の子ども達が早期療育を目ざして親子で通ってきます。
現在のスタッフは常勤コーディネーターのカレン・エドワード先生はじめ、経験豊富なブロウィン先生、言語療法士のキャッシィ先生はじめ6人が週2-3回のシフトで地域の家族をサポートしています。
この施設は教員養成や遠隔教育でも有名なチャールズ・スタート大学に隣接しており、大学の先生方とも共同研究をしているので、この大学で私が講義をするときには毎回必ず訪れています。
カレン先生とは、10数年前に学部長のお宅での集りで、彼女がこの施設で働きながら大学で学んでいた時代に初めて会いました。
その時、彼女は5世代の女系家族で暮らしており、彼女の娘さんにとっておばあちゃんが3人いること、そして、彼女が資格をとるための勉強と仕事との両立を家族が支えてくれているという話をしてくれたのが印象的でした。
BECISでは、音楽や絵画の芸術療法にも力を入れており、今年度からはとくに新しい取り組みとして「出前サービス」を始めていました。最初は学期ごとに4-5週間のセッションを行い、その後は必要に合わせて1・2週間のフォローアップ・コースをします。
内容としては、保育所やFDCの保育ママさんの所への巡回訪問の他に個人の家庭へも直接に訪問していました。この施設を訪れるたびに設備や遊具の配置、ガラスに描かれた絵などを工夫改良している様子からは、スタッフ構成も変化成長していっていることが伝わってきます。
いくつかのセッションを観察室から見学させてもらい、母親の許可を得て実際に自閉症の4歳児と言葉の遅れがある2歳児のプレイセラピーを中でも見せてもらいました。通常は教育士とセラピストが中心です。その他に実習生が加わり3人、もしくは4人の時もあります。ここでは他のケースでも、できるだけ当該児だけではなくて兄弟姉妹も一緒にプレイルームに来てもらい自宅と同じような環境設定で自然に遊ばせています。
音楽セラピーや検査など多目的部屋 | プレイルームでは兄弟で遊びます | 親の待合室。左側が観察室です |
現在は60家族で、1家族は週1回1時間から1時間半ですが、その他に音楽療法はグループで行います。ギターに合わせて皆で歌を歌ったり、リズム体操をしたり、どの子もとても生き生きしていて楽しそうです。
前述のスプリング・ストリート保育所はオレンジ市で管轄が違いますが、発達障がいや特別な援助が必要な子ども達への早期予防・介入プログラムを、このBECISと同様な施設と連携しており、主に州行政が資金援助をしていました。
カレン先生は、「今年からこの施設に通ってくる家族以外にも園や家庭へ積極的に訪問して、援助を必要としている子どもと家族へ早い時期から関わっています。その子に合ったきめ細かで、なおかつダイナミックなプログラムを導入しており、とても手ごたえがあります」と目を輝かせて語っていました。10数年前に出会った彼女がキャリアや背景の異なるスタッフとともに、大きく成長している様子を感じることができました。