【第26回】台湾の萬里國民小學・幼稚園と北投國民小學での多文化教育

執筆者: 山岡 テイ (情報教育研究所所長)

台湾は現在に至るまで漢民族と多様な原住民(*)が暮らし合い、歴史を踏まえた多くの民族から構成される多文化な社会です。2007年には出生率が1.10と日本同様に少子化の一途をたどる台湾ですが、その一方で国際結婚による多文化な背景をもつ子ども達が園や小学校で急増しています。
(*台湾では「先住民」は別の意味をもつために「原住民」と公的にも表記使用されている)

そこで、今回は「新住民」と呼ばれる外国につながる保護者の子ども達が多く通う台北県と台北市にある2つの小学校と幼稚園での「多元文化教育」の取り組みについてレポートします。

東南アジアから結婚や労働のために移住者が急増
いろいろな国の多文化教育の調査や取材を長く続けていますと、その国の政局や経済社会の変化に伴って「多文化教育」の重点政策が段階を追って変わってきていることを園や学校現場を通して感じます。

台湾は多様な原住民の他にも今日まで政治や社会変動に伴って、近隣の国や地域から多くの民族が移住してきている歴史があります。とくに近年は「外国人花嫁」に代表される国際結婚が増加して、家庭や保育教育現場では「新台湾之子」への特別の支援が喫緊な課題となってきました。

そのような現状に対応してこの数年の間に政府や地方行政、民間団体が連携して総合的なプロジェクトが立ち上げられています。インターネットでも他の地域に先駆けて「新住民」が多い台北県政府教育局が「新住民専區網站」というホームページで多文化な家族や関係者への専門情報と資料を提供しています。

2008年9月からは「新住民文教補導科」、「国際多元服務櫃擡」ホットラインも開設されており、サイトの言語も中国語(中国大陸の簡略字ではなく台湾で使われている繁体語表記:日本の旧体漢字に相当)、英語、ベトナム語、インドネシア語、タイ語、フィリピン語で読むことができます。また、移民署、教育局、民政局、衛生局など関係諸機関のホームページとリンクしており、「新住民」が必要とする地域での生活や就業、医療や教育情報・各種の情報やデータを提供する入口にもなっています。

内政部入出国及移民署の統計資料で外国人登録者数の過去15年間を見ますと、1992年には44,441人でしたが、1994年には3倍以上の159,305人に急増しており、中でも「外国人労働者」数が11,264人から10倍の125,153人になっています。それまでは男性が圧倒的に多かった外国人が2000年以降は女性の方が多くなり2008年11月末では437,442人中60.8%が女性です。これらの数値にも台湾の家庭に老齢者介護として働く人々や外国人配偶者の増加がうかがえます。
http://www.moi.gov.tw/stat/

また、最新の統計(2008年12月末)によると、外国籍の配偶者は41万3,421人となり、もっとも多い中国大陸出身者が全体の63.5%(香港・マカオを含めると66.3%)を占めています。男女比は女性が95.7%で男性が4.3%と、大陸出身の女性配偶者がほとんどです。つぎに多い外国籍の配偶者はベトナムが19.4%、インドネシア6.3%、タイ2.0%となっています。

さらに新生児の母親の国籍では、中国大陸を含む外国籍が2004年は13.3%、2005年は12.9%でおよそ7人に1人が外国籍の母親の子どもとして生まれています。2008年11月末の統計では9.6%で、全国平均では10人に1人近くということですが、外国籍の親が多く住む地域では集中的に「新台湾之子」が増加しているのが現状です。

このような状況に対応して内政部では他の部局とも連携しながら新移民家庭や子どもを対象にした包括的な施策を浸透させるために、上記のホームページやホットライン、多言語による小冊子の配布、マスメディアも含む広報活動を展開しています。とくに、外国籍配偶者のための翻訳ボランティア活動やメンタルヘルス面のケア・サポート、家庭内暴力の防止にも力を入れており、外国人が多い台北・台中・高雄の3都市ではこの領域の専門カウンセラー育成の研修会を実施して各地の重点地域で活動を行っているようです。

多様な背景の子どもが集う小学校での実践活動
2007年の11月-12月に私は台湾の幼稚園評価の国際比較調査と幼稚園や託児所の参与観察のために台湾に滞在しておりました。その折に、日本国際教育学会の年次大会が2007年11月24日に台北市の国立台北教育大学で開催されて、運良く学会の年次大会参加と開催校での大会実行委員長である翁麗芳先生のご案内による「多元文化教育」実践校である2か所の小学校見学交流会に同行させていただきました。

最初に訪問した「萬里國民小學(小学校)」は、台北県の北海岸に位置する萬里郷にある小学校で設立は1913年、児童数は訪問時には園児も含めて663人でした。
付属幼稚園を見学した後に、この学校での「多元文化教育」実践の様子の説明がありました。その内容を要約してご紹介します。

萬里小と付属幼稚園に通う「新住民」は82家庭で子ども達の総数は95人、学年が低い方が多い傾向が見られます。父母の出身国籍の内訳としては、中国大陸が25.3%、カンボジア13.2%、インドネシア11.2%、ベトナム8.1%、ミャンマー7.9%、タイ5.7%、フィリピン3.4%、イギリス2.3%、アメリカ1.1%の9か国です。ここでは外国籍はほとんどが母親で、父親は1人だそうです。

具体的な子どもや家庭への教育指導活動としては、5つあげられています。

1.学業指導:保護者の経済的負担を軽減し、近隣には学習塾などがないので、学校で無料の補習クラスを開講して子どもの表現能力を高めて自信をつけることで家庭での互助関係を築くこと。

2.親子共読:国立中央図書館の親子読書活動を政府からの資金援助を得て行い、絵本の読み聴かせの専門家を招いてトレーニングを行い、その技術を学んでいる。「民族友好」などのテーマの本を選び多元文化教育を実践している。

3.個別指導:放課後に非常勤の先生が小人数で個別に指導も行っている。

4.火炬(トーチ)計画:多元文化の観念を尊重する子ども達を育成して、外国語学習を推進、教育の機会均等を実現する。子どもの学習指導や支援をして新住民全体の学力を向上させる。さらに、多元文化週間で出身国の文化や言語、食べ物などを紹介し合い交流を行う。親子一緒の遊びを通して体験活動や手作り工芸を楽しむ。台湾の昔の農村生活や採鉱生活への認識や理解を深める。これらの親子共同活動をとおして家庭教育の機能を強化し生活適応能力を育成する。

5.親業教育:新住民の保護者座談会や特別講座を開催する。家庭訪問をして保護者の話を傾聴し、それぞれの家庭での相談事に深く関わり、子どもの教育相談も行う。

これらの活動をとおして、新住民と子ども達を学校行事活動への参加を促し、彼らの語学力や生活適応力を向上させて、良質な教育環境の構築とさらなる学習効果を期待することを目標にしているそうです。

その結果として、多元文化を尊重するという価値観から教育は始まり目標でもあるので、カルチャーギャップは一種の資産であって負担や妨害にはならない。多元文化を受け入れて社会レベルを向上させることで、真に多元文化を包容し尊重する進歩的な社会が成り立つと述べていました。

また、最後には政府への呼びかけとして、9年間の義務教育の入学年齢を下げて、新住民の子どもの早期就学の必要を説き、今後も多元文化を尊重するリソースを積極的に取り入れた活動を邁進させたいとまとめていました。

タイ語でのあいさつ ベトナムを紹介する展示
親子で一緒に読書会 親子で手作り作品を制作

写真提供:萬里國民小學

活動の様子をパネルで展示
(手前の人形は親子での作品)

親子と教師が協働で活動に取り組む
つぎに訪れた台北市北投区の北投國民小學は1902年に八芝蘭公學校北投分教場として設立された歴史ある小学校です。 現在の児童の定員数は3,200余人で教員数は207人という大規模な学校で、付属幼稚園もあります。http://www.ptes.tp.edu.tw/

北投國民小學の子どもたち

この小学校では、教員の他にインドネシアやマレーシアなど外国籍の母親達や子ども達も参加して、お国料理を作って迎えてくれました。萬里國民小學や北投國民小學の多元文化教育には教育関係者の関心が高く内外から視察や見学が多いためか、どちらの学校も活動の展示方法も慣れており、説明も円滑に行われていました。

インドネシアやマレーシア出身の
母親も参加
母親たちの手作りのお菓子

さて、北投國民小學の先生のお話では、2003年には台湾の小学生総数191万2,791人の中で外国人の子どもが占める割合が1.39%でしたが、2006年には180万280人に対して3.93%に増加してきたそうです。この学校ではそのような状況を反映して、「外国人児童教育と多元文化に関する活動」として以下の9つの重点項目をあげていました。

  1. 外国人児童生徒の指導
  2. 時間外の学業指導
  3. 手をつないで歩こう
  4. 黄乃輝とジョナウェイの物語
  5. 外国人家族会
  6. 多元文化の音楽会
  7. 万国旗展示会
  8. 外国人と友だちになろう
  9. 教師の多元文化に関する研修です。

基本的には、萬里國小とも共通する「体験型の親子共同教育」や「多元文化を紹介してお互いに交流する趣向を凝らしたイベント」、「学習指導」などを中心としたプログラムが展開されていました。親子で体験しながら学ぶ方式は、多くの国の多文化教育で成果をあげているように思います。

園や学校が核になって、地域でマタニティ時代から言語教育の場を設けて、家庭訪問で子育て相談を行うことは実践的で効果が上がる方法です。多文化な国の学校を訪れると、子どもの言語能力や学力は保護者の理解や協力があるほど向上すると、担当の先生方が実感を込めて言われる共通項です。
北投國小の校長先生も「これからは外国人の子ども達がますます増えていくので、学校は子どもだけを教育するということでは多元文化教育は成し得ません。学校・家庭・教員が一丸となって親子を対象にした教育を行っていきます」と力強く語っていました。

国や行政、民間を問わず実際的な知恵ある支援が必要
お料理を作って参加してくれていたマレーシアやインドネシア出身の母親達と個人的にお話をすると、彼女達はすでに十数年も台湾に住んでいて「新移民」の先輩ママのようでした。新移民の中でも中国大陸から嫁いできた人達は言葉の点では問題はないのですが、やはり、それぞれの出身国ごとに食文化や生活習慣、思い描いた期待の違いがあるために、外国人花嫁としての独特な問題を抱えている同郷人も多いと言っていました。これは日本に国際結婚をするために移住してきた女性達も同様の悩みを抱えているようです。

日本の場合も、都市部では国際交流の団体などを通して外国人が集まる場所へと弁護士など専門家が巡回する活動や外国籍の住民を対象の相談会も開かれていることを、『【第10回】町田国際交流センターでの中国人ママの教育事情』でご紹介しました。

日本の町田市での相談内容として多かった項目は、第1番目が結婚・離婚・親子問題などで44.4%、2番目は在留資格・ビザ・旅券27.8%、3番目は労働・賃金・労災・解雇など11.1%の順でした。

台湾の場合も上記の3つは同じように大事な関心事です。お互いの母語で共通する情報を交換する他にも、結婚や離婚、在留資格や家族のことなどさまざまな問題解決のお手伝いをしてくれるボランティアや行政の団体組織があります。そのひとつは「台北市新移民會館」です。この会館は新移民に向けて情報や活動の場を提供している専用サロンのような施設です。会議室や台所、子どものプレイルーム、母語の雑誌なども用意されています。

台北市へと直接訪れることができない人達には台北市政府民政局によるホームページが開設されており、中国語の他に英語、タイ語、ベトナム語、インドネシア語の通訳ボランティアがインターネットや電話で相談に乗ってくれます。https://nit.taipei/Default.aspx

台湾の多元文化教育の文献資料や政府関連のサイトで政策内容を見ますと、原住民から新住民、障がいをもつ人など多元文化の定義付けが台湾の社会や歴史を表していることがわかります。台湾に限らず多くの国で「多文化支援や教育」の対象は、社会的に弱い立場の人々というカテゴリーと重なっています。今回訪れた小学校でもそのような分類で説明がなされていました。

ところで、私達「多文化子育てネットワーク」の研究チームは8年前に「多文化子育て調査」の報告書を出すときに、「多文化子育て」の定義を広い意味でとらえました。それは、「性差、民族、国籍や地域、宗教などの違いだけではなくて、心身発達の個人差、異なる環境で成育したさまざまな背景、世代間や価値観の違い」を含めており、それらを受け入れながら豊かな子育てを目ざしていく思いを込めています。

現在、日本でも不景気のために多くの非正規雇用者や派遣労働者が職を失っている現状です。そして、その中には外国から移住してきたパートタイムで働く家族が含まれています。とくに、南米に新天地を求めて渡った日系人の孫世代が、この20年間に日本へと大勢が移住してきました。それら多文化家族の中にも失業者が急増しています。日本でも他の国や地域でも、背景が異なる多文化的な家族に対応できる実際的な政策、民間企業やボランティア団体の知恵ある支援が、個別の家庭に行き届くことが今こそ求められています。

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