【第25回】幼児教育の理念を就学後へもつなぐ台湾での実践例

執筆者: 山岡 テイ (情報教育研究所所長)

幼小連携は日本だけではなく海外でも同様にその必要性が問われています。就学前教育で培われた子どもの育ちを継続してそのまま生かすためには、どのような方法があるのでしょうか。

今回は台湾の2つの園での実践例をご紹介します。 ひとつは幼稚園で育んだ創造性や探索力を小学校のカリキュラムにつないでいる台中市の愛彌兒幼教機構。(http://www.kidsemile.com.tw/
もうひとつは、独自の語学教育理論を持続できるようにと、小中学生には英語教室を展開して効果をあげている台南市の元喬託児所(注1)です。

東西の教育理論が融合されている愛彌兒幼教機構
台中市の「愛彌兒幼教機構」は、私立幼稚園と3つの託児所を合わせて4つの分校で組織されています。園児総数は500人以上で、教職員も非常勤を含めると100人を超えます。
その一つである「旅順分校」では、一日の受託時間の中心は9時-16分ですが、朝7時半から始まり、園児達はお掃除、菜園の手入れやお絵描き、劇などの活動をします。
9時から10時まではおやつの時間と集団活動で、10時-11時は9つに分かれた各コーナー(学習区)でそれぞれがプロジェクト・アプローチを行います(注2)。その後の30分は自分の作品を皆に発表して意見を交換し合います。

たとえば、線、面、立方体の一連のテーマの延長で、16本の棒を柱にして建物を作った子どもが、「うまく安定していないけれど、どうしたらいいのかしら?」と聞くと、他の子ども達からつぎつぎに意見が提案されました。 設計図をもとにして立方体の中の構造の改良案を出す子、家の形をしているので、窓やドアをつけるとかっこいいなど、真剣な表情で意見を交流していました。

壁には、過去に行った「食パンづくり」のプロジェクト・ワークの活動が写真や会話として記録されて発表されています。子ども達が実際に作った上での疑問点と指導した先生や保護者とのやりとりの会話、見学したパン職人さんの様子などの一連の流れが手にとるように理解できます。どのようにまとめて発表するのかも大事な段階です。
11時半から14時までは、給食と昼寝の時間になります。給食時間には園内だけで通用する“通貨”を使って昼食と交換します。たとえば、5ドル払って2ドルお釣りもらうなど。そのお金をしまう場所もそれぞれ自分で管理しています。

とくに年長クラス(大班)では、規則正しい習慣づけや学校へ行ってからの生活に対応できるようにと、就学前の準備教育としていろいろな機会をとらえて自立を促しています。

たとえば、現在のように朝9時登園では学校は遅刻になるので、少しずつ朝早く起きて登園する習慣をつける。席に30分以上すわって、他人の話を聞くようにする。自分のことは自分でするために、具合が悪い時は自分で家へ電話をするなど、必要に応じて自分で判断する力を養えるように具体的に指導しています。

お昼寝が終わる14時過ぎから16時までは、英語、国語は毎日1時間ずつ。その他、オルフ理論の音楽、体育などの教育活動が日替わりで行われて、おやつの後に降園となります。

その後は18時半までのプログラムは課外教室として、外部からの専門家講師による陶芸・美術・音楽・囲碁などが行われており園児達は個別に参加しています。

この園の特徴の一つとして、演劇や造形・絵画などの芸術活動に力を入れており、木工や針仕事、織物などの手作り活動をとおして創意力を養っています。

積み木やブロックも、City & Countryのユニット・ブロック、ハロー・ブロックなど大きさや素材も、園児の発達や教育活動に合わせて、園内の適材適所に配置されていました。
(http://www.cityandcountry.org/)

見学後に作った台中駅 工具のコーナーで真剣に制作
部品を縫って作品を制作中

子どもの興味と創意力を高めて自尊感情を育てる
1981年に「愛彌兒幼教機構」の母体を創立した高(Kao Hsiu Hua)理事長は、学校での教員経歴もあります。そして、現在まで200回を超える海外視察の豊富な見聞や経験をもとに、他の園に先駆けて新しい教育プログラムや教材を導入し、教員研修や講習会の充実、保護者の教育活動への参画などに生かしています。

先生方はクラス経営に自由な裁量権があります。先生間での連絡会議の他に毎週水曜日の夜7時から9時までは学習会、講習会、カリキュラム・シェアなどを行い、保護者用の講演会も多く、ペアレント・ナイトも1学期に1回開催されています。

また、ここでは高理事長を中心にして先生方は常に優秀な研究者達と協働で研究を進めており、多くの出版活動や研究発表を続けています。子どもの発達記録や教育法の理論と実践、芸術活動に関する優れた成果をまとめて世に出していることもあり、平均して3日に一度は見学者が国の内外から訪れているそうです。

高理事長は、「子どもが興味をもって集中できる環境を用意することで、子どもが芸術的な活動をとおして自ら創意力を高めることができます。その結果として自信や自尊感情を養うことができます」と語るように、「子どもは一人ひとりの個性や発達が違うので、それぞれが生かされる教育活動」を実践している様子が、どの施設を訪ねても感じられました。

愛彌兒幼教機構のいくつかの施設を初めて訪れたときは、施設の大きさや恵まれた設備教材が印象的でした。さらに他の園とは異なった印象を受けたのは、企業のCI(コーポレート・アイデンティティ)のように、名称のロゴマークから始まり、展示やインテリアにも、園の教育理念や特徴が伝わってくるように園の内外が統一デザインされていたことです。

ところで、園には園児と小学生との交流の詳細を展示した部屋があって、そこには園での幼児教育が小学校へつながっているという「幼小銜接」のポスターや教材がすべて揃えられており、子ども達や訪問者への視覚的なプレゼンテーションが工夫されています。

設計図と飛行機を皆に見せて意見を聞く 立体、面と線の関係の展示物

園児は学習面や生活面での就学準備教育や公・私立小学校の見学を行い、親達は小学校入学への心構えについての集会をもち、資料やパンフレットも配布されています。さらに小学校との教育連携を実践し、卒園児だけでなく地域の小学生達の学童保育センターの機能も果たしています。

具体的には隣接している仏教系の私立「慎齋小学校」と協同参画し合い、園での教育理念や芸術教育をそのまま継続して活かせるようなカリキュラムを組んでいることです。一貫教育をしている私立の付属小学校と幼稚園であれば、とくにめずらしくはありませんが、ここでは、園児の保護者や働く親達の意見をコンセプトにして5年前にこの小学校が設立されました。
従って、隣の小学校を見学すると、芸術関連の教室や教育理論の展開が幼稚園と連動しており、音楽や美術の作品が校内の随所に息づいて形作られています。
ピアノやバイオリンなどの楽器を習ったり、本格的な劇や舞踊にも取り組んだり、美術制作の授業内容も充実しています。 園児時代で培ったプロジェクト・アプローチがアクション・リサーチとなって、子どもが自ら行動を起こし、身の回りの課題を分析します。その調査結果を統計としてまとめた図表が壁面に展示してありました。学年が上がるごとに個性的で緻密な表現が増えており、成長の軌跡がうかがえました。

保護者からの要望で児童は朝の7時40分から登校できます。18時30分まで午前と午後のおやつを含めて朝昼晩の食事が出るシステムは中国本土のようです。
また、校庭の他に雨天でも校内で陸上競技ができるような設計になっています。300人の児童に対して4階まである図書館の蔵書は13,000冊。園児のときから親子で本を読む習慣を大切に育てている成果が小学校でも持続しているようです。

工芸室の一隅にある制作途中の作品 夕食が準備されている慎齋小学校の教室

中国語と英語を同時に教育する元喬託児所メソッド
韓国、中国、台湾など東アジアの都市部の園や家庭を訪問すると、子どもが小さなときから「実際に使える英語の力」をつけたいと思う保護者が年々増えていることを感じます。

一方、日本では幼児や児童の「習い事としての英語教室」は筆者達が行っている経年調査でも減少傾向にあります。しかし、それらも今後小学校の早い段階で英語教育が義務付けられると、その先取りとして幼児の英語熱が高まることは予想されます。

現在、日本でも教育活動の一環として、英語に親しむようなプログラムを取り入れている園は多く見受けますが、インターナショナル幼稚園を除いて、本格的なバイリンガル教育を実践している園は首都圏でもまだ数少ない状況です。

台湾で訪れた幼児教育施設では、さまざまな英語の包括的な教育プログラムを導入しているいくつかの園に出会いました。
その中でも台南市にある元喬託児所は、英語と国語(中国語)のバイリンガル教育を独自の教育理論に基づいて行い、着実に成果をあげています。

それでは、一日のプログラムの様子を朝の登園からご紹介します。受託時間は9時から16時までが中心ですが、8時から18時までが開園時間です。大半の園児は8時半前には登園して、9時5分から11時45分まではモーニング・プログラムです。
時間を守る習慣づけのために、8時20分前には登園するように予め家庭にも伝達されているので、諸事情で少し遅れた子は、先生から個別に今度は遅刻しないようにとお約束をします。これは結構守られているそうです。
8時25分には年少から年長までの園児全員と先生方が一堂に集まって全体の活動のオープニングが行われます。9時過ぎからは、すべて英語によるモーニング・プログラムで、最初の30分は3クラス合同で行います。

先週のハローウィンで楽しかったことをみんなでまた思い出して、歌ったり踊ったり、ハラハラドキドキするような体験を動きながら再現していました。また、簡単な掛け算や天気の解説を子ども達がデモンストレーションします。一連の歌をみんなで歌いながら流れるように進行していきます。

その後はクラスごとの3つにグループに分かれて、3か所の教室を30分くらいずつで移動してその日のテーマに沿った内容の遊びや学習活動を行います。3人のネイティヴの先生はすべて英語でお話します。ルオ先生は「テーマ」の主題に沿って応用展開し、ブッシュ先生は「フォニックス」で綴りや発音を総合的に教えます。ダンク先生は「リーディング」をお話や遊び活動を交えてそれぞれが専門で分担しています。

台湾は9月が新学期ですので、11月初めの訪問時には年少の園児はまだ十分に慣れていない子もいました。集団活動のときは年中や年長児の発言が目立ちますが、年少児だけのときは音楽に合わせて歌い、先生の動きやイラストなどを手掛かりに楽しんでいました。

10月半ばからのテーマは「五感」で、その日は「視覚」がトピックス。年長児達は、ルオ先生を囲んで、「視力」や「眼の機能」などについて知るために、顕微鏡で髪の毛や葉脈を見たり、片目を閉じて両方から指や鉛筆などを合わせたりなど両目の「視界」をみんなで試します。

動物の視界や色の識別能力、猫の目の瞳孔の話や涙はどんなときに出るのなど、子ども達の興味や発言内容から話がつぎつぎに発展します。

片目で焦点をあわせる 年長児は意見を発表します
ダンク先生のお話を聞く年中児

「フォニックス」のクラスでは、「J」のつく言葉遊びを年齢や発達に合わせて行います。また、「リーディング」のダンク先生のところでは、年長や年中児にはお話の読み聞かせですが、年少児にはお絵かきやゲーム感覚の遊びで展開しています。

3つの教室での活動が終わると、また、全員が一堂に集まって、その日のテーマに沿った内容で子ども達との掛け合いで質疑応のあとにまとめがあります。その後は昼食をとってから14時過ぎまではお昼寝の時間です。

英語で学ぶ内容については、保護者のほうにもメールですべて詳細情報が案内されてダウンロードできます。また、教材や絵本の提供もあって、家庭でのフォローアップや予習も可能です。

お昼寝のあとの14時半から16時半までは、国語で行われる活動です。この日は英語と連動してテーマは「視力」や「見ること」。そのほかにも各クラス単位で、数のロジカル・シンキング(論理的な思考)や造形やお絵描きなどが行われていました。

一連の授業の最後30分は、日替わりで戸外活動と生活習慣を促す教育、そして道徳教育(品徳教育)となります。道徳教育では台湾で有名な「弟子規」という読本を使ってリズミカルで覚えやすい道徳の文章を暗唱したあとに、内容の寸劇を子ども達が演じます。

写真にあるように、ネズミが「部屋へはいるときはノックをする」、「よそへ行ったら、必ず挨拶をする」、「人に誰かと聞かれたら、名前をいう」、「わたしです。と言っても人にはわからない」、「名前を言わないと、どろぼうだと思われるよ」というような他の家を訪ねたときや挨拶のマナーを教えています。

道徳の教科書「弟子規」とお約束のチェック表 道徳教育の時間では前に出て報告

ここでは他の園のように本を暗唱するだけでは終わらずに、実践して定着する工夫が随所に見られます。たとえば、園児達は帰宅してから1週間でどのようなことをチャレンジするのかを親子で相談して決めます。それを用紙に書いて家庭では保護者がその「お約束」が守れたかどうかを毎日評価して翌週、園に提出します。

子ども達はその結果を前に出て感想を述べて報告をしていました。「一人で電気を消すようにします」とか「お母さんに買い物に連れて行ってもらうとき、おねだりをしない」、「明日の準備は自分でするようにします」などなど。

帰りに出会ったお母さんに様子を伺うと、子どもはしっかり覚えて実行していますが、親の方がついチェックをし忘れて子どもから催促されますよと苦笑いをしていました。

16時半からはサンドイッチやフルーツなど軽食のようなおやつの時間です。その後の16時50分から17時20分までは、美術や工作、おままごとや扮装、国語や知育などの学習のコーナーなどさまざまな活動が行われており、18時までには徐々にお迎えが来て一日が終わります。

確かな英語力を身につけるには継続が一番
劉継文理事長と陳又斉先生のご夫妻は、それまでの長いアメリカでの生活での体験を生かす幼児教育をと願って、1996年に元喬託児所をスタートしました。

現在の学校での英語教育では、母語のように英語で考えて英語で自由に表現できる力や小説を読み作文や論文を書く力は残念ながら育たないと劉先生は語ります。 受験対策の英語教育では真の英語力はつかないで終わってしまうことに危惧感を抱いていました。
そこで、幼児のときから英語の総合的な能力の土台を作り、それを小学校に入学してからも継続するために、「友喬美語補習班」という英語塾を2003年に開校しました。7歳から17歳までが通っていますが、一般の英語教室とは趣が異なっています。
クラス編成は基本的には学年別ですが、一部は修得度によっても分けています。小学校の低学年は14時半から16時半まで2時間を5つに区切って30分ずつの授業で構成されています。3年生から6年生までは16時45分から18時半までで45分授業。18時半以降20時45分までは中学生です。高校生で通ってくる学生達もいます。

この英語教室は受験対策というよりは、英語の総合力を養って、自由に読み書きができる、とくに子どもの個性に合った読書を楽しめることも目標のひとつにしています。図書館の蔵書は800冊以上で、どの学年のクラスも「黙読の時間」が設けられています。
日本では大学の英文科の学生が読むような本を中学生達がつぎつぎに読破していました。

元喬保育所も友喬美語補習班もパンフレットや広告はとくにありません。保護者が劉先生方の教育方針や理論を伺ってお互いに意見を交換し合います。その結果、双方が納得した場合のみ入学が許可されるそうです。

保護者は子どもが英語を聞いて話せる能力を重視しますが、保護者にもテレビより読書を勧めています。さらに、子ども達は本を読む力だけにとどまらず、読書をとおして英語圏の歴史文化や社会背景も同時に学びとる感性が養われると先生は実感しています。

「子どもが小さなときから正しい教授法で英語に慣れ親しめる良い教育環境を用意することが大事です。そのためには先生のプロフェッショナルな力量や影響力が大きく、両親の協力参画も不可欠です。また語学教育以前の人間教育が基盤になります」と力強く語る劉先生と陳先生からは教育への使命感や情熱が伝わってきます。

また、2カ国語を学ぶにはできるだけ早い時期から始めて、何より継続する習慣づけが必要なので、ここでは「セルフスタディ・プログラム」を実践しています。

現在ある託児所や学童施設、補習班をすべて一箇所に集中させる施設を建設中で、来年末の完成を目ざしています。長年の豊富な経験から生み出された確たる教育理念は子ども達の総合的な英語力を身につけることを幼児期からスタートさせて、中学生や高校生時代に実を結ばせています。

今回ご紹介した2つの組織は、設備や規模、独自の教育理念は異なっていても、それぞれが幼児教育で土台として培った子どもの育ちを就学後も見守れる実践を試みていることです。創始者である教育者の揺るぎない信念と熱意が行動を支える原動力のようです。

友喬美語補習班の小学校2年生のクラス 2階建ての英書の図書館

【注1】:台湾の私立の託児所(托兒所)は日本の保育所に似た施設分類ですが、親も先生も「幼稚園」と通称していることが多いです。現在は託児所の名称であっても幼稚園が預かり保育を行い教育に力を入れているような形態が多く、また、近年中に施行される「幼托整合(幼保一体化)」を先取りして「幼児園(幼兒園)」と名乗っている場合もあります。

【注2】:プロジェクト・アプローチは、主としてレッジョ・エミリアの教育として日本では紹介されています。子どもが主体的に探索的な遊びを通して自主的に考えながら言動して学ぶ構造的な教育法のひとつです。

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