【第19回】中国上海市のモデル幼稚園の特色ある教育

執筆者: 山岡 テイ (情報教育研究所所長)

中国の都市の中でも上海は、昔から国際都市であり社会経済のみならず、幼児教育に関しても、どこよりも早く様々な試みが始まっていました。
とくに、90年代には目まぐるしく教育現場が変化して、訪れるたびに新しい私立幼稚園や小学校ができていました。近年は少し落ち着いてきたものの、相変わらず幼児教育の最先端を走っています。そこで、上海市立のモデル幼稚園の中から、特色あるいくつかの幼稚園をご紹介します。

☆知育・体育・徳育の包括的なメソッド
 1992年に設立された浦東新区の「東方幼稚園」は、2005年度の園児数は3学年400名で、他の場所にある3つの分園も合わせると1,200名にもなります。託児所や寄宿制の園もあり、教師と保育士で105名、その他、調理師や事務のスタッフも含めると150名という大規模な幼稚園です。

ガラス張りのスポーツ会館のような立派な玄関を入ると、床に大きな卵のオブジェがありました。そこから生まれたみにくいアヒルの子が、しだいに成長し、白鳥となり飛び立つレリーフが、天井に向かって壁画になっていました。

徐慧園長は、子どもの生命を始点として、子どもの可能性を尊重し、自主性を育てる教育理念を表していると説明してくれました。

この幼稚園は、とくに、スポーツに力を入れていると聞いて訪ねましたが、体育館で年長クラスの子ども達がローラー・スケートの練習をしていました。
一列になってすべると、最初は、歩調が合わなかったり転んだりしても、練習を重ねることで、じょじょに皆の調子が合って達成感が得られます。浦東新区の運動会では、路上を100人もの子ども達がローラー・スケートでデモンストレーションをするのが、恒例行事になっているとか。保護者も参加して、公安局の協力の下に行う一大イベントのようです。
温水プールでは、年中クラスがスイミングをしており、3人の先生の内1人は水泳専門のインストラスターでした。子ども達は託児所のときから水に慣れているので、もぐったり、ゲームをしたりと楽しそうに遊んでいます。その様子を園のホームページで公開するためにと、先生がビデオ撮影をしていました。

この園は体育だけに特化しているのではなくて、まるで、商店街やショッピングモールのような「社会活動室」や自由な科学実験室のような「探索活動室」など創造的な遊びが広がる素材やコーナーが設置された部屋で黙々と自分の世界を広げている子ども達にも出会いました。
それぞれのクラスごとにテーマによるプロジェクト教育を行っています。同じ年中クラスでも、草苺組は「器」で、林檎組は「魚」でした。この園は全体が自由な雰囲気で、部屋の片づけ時間や当番も担任に裁量権があって、クラスによって方法が異なっていました。

おもちゃも自分の物を自宅から持参してもいいことになっています。自分の愛着があるおもちゃを持ってきて、お互いに遊ぶことができます。
いろいろな国の幼稚園や保育所に見学に行くと、結構、家からおもちゃを持参してきている場面に出会います。オーストラリアやアメリカの保育所や他のアジアの国でもそうでしたが、ここでも、自分のおもちゃは園に持ってきたら、友達にも貸してあげて交換しながら遊ぶルールになっていました。

また、4時以降は習い事を園で行うのですが、バイオリンや古琴などの楽器、囲碁、そして、テコンドーは保護者からの希望で始まったそうです。テコンドーはもともと韓国の伝統的な国技ですが、いまはいろいろな国で子ども達の習い事としても人気があります。
ここの登園時間は7時40分からで夜7時まで延長保育をしています。 

☆教育熱心な「新上海人」の親達
 浦東新区は、4つの開発区からなる新しい経済の中心地のために、この10数年の間に居住者が急増して、幼稚園不足の状況です。この園は示範園(モデル園)のため、「新上海人」と呼ばれるような高学歴で経済的にも余裕のある教育熱心な若い富裕層の保護者が多いようです。
徐園長のお話によると、上海市では様々な講習会が常時企画されており、さらに、この区では5年間に240時間の研修の他に、保護者とのコミュニケーション方法など若い先生達の勉強会を独自に行っています。

別の場所にある東方幼稚園の託児所を訪ねたときには、朱芳先生は「いまは、親の教育レベルが上がってきて、幼児教育の最新情報もインターネットですぐに入手できるようになり、園での保育内容に対しても要求が多いのですが、その分、教師に対しての期待や信頼も高いので、プロ意識をもって応えたい」と語っていました。

徐園長は、華東師範大学出身で、日本でも著名な朱家雄先生の研究班や現場の先生とともに、レッジョ・エミリアをはじめとする教育理論を実践に生かすように努めていることを、子ども達の様子をとおして感じました。

徐慧園長は朱家雄先生方との著書の中で園生活での「子どもの破壊的な行動」について、火山の爆発と恐竜の死をめぐって園児達が繰り広げる様々な状況を例にして分析しています。

子ども同士で思い込みや受け止め方の相違があったときに、建設的な行動ができなくて友達に乱暴な振るまいをしてしまう子どもの心理状態をいくつか分類してあげています。どのケースかを見分けて適切な対応をするためには、まず、子どもを注意深く観察して、それぞれ個性の異なる子ども一人ひとりが話す言葉に注意深く耳を傾けることが、なにより大事であると繰り返し述べていました。

このような基本的な教育的配慮の実践が他の先生方にも行き届き、それが園の持ち味になっているようでした。

☆自分で考えて調べる力をつける
上海市の烏南幼稚園は、もともとは、全国で10園で上海には1園しかない国家レベルの実験幼稚園でスタートしましたが、訪問時の2005年11月には、独立採算制の私立へと移行中とのことでした。

朝、9時過ぎの外遊びの前に園庭で当番の子が国旗を掲揚してから、グループ体操が始まりました。しばらくすると、カメラマンに記者のような小物を持った年長クラスの男の子2人が先生に近づいてきて、「魚」についてインタビューをし始めました。これはリサーチ・メソッドで、園の外を歩いている人達に聞きにいくこともあります。一例をあげると、交通ルールを守らない人にインタビューをしたかったのですが取材拒否をしてできなかったので、ゆっくり歩いている高齢者に意見を聞きました。その取材結果から、横断用の旗があると安全に役に立つということで交通ボランティアとして作ることになったそうです。子どもは決まったテーマのもとで自分達の目や足を使い、実際に地域のコミュニティに出かけていくことで、いろいろな発見があります。 その結果、情報やアイディアが生まれます。日本では小学校でする内容を幼稚園でしている感じでした。この「外出調査」は上海市に限らず他のいくつかのモデル園でも行っていました。

同じ時期にいくつかの園を訪れますと、市内の多くの園が共通した月や週の指導要領に基づいて行われています。そのため同じテーマがその園らしい教育法で展開されていることを比較して観察することができます。

☆ 英語と中国語のイマージョン教育
 烏南幼稚園の特色は、英語と中国語を核にした友達や周りの人達とのコミュニケーション能力と自分で考える力を育成していることです。一日のスケジュールは、年長児では、かなり細かくプログラムされており、集団活動も集中力を必要とされる課題のときには、さらに、小さな班に分かれて行ったり、場所を移動したりしていました。

広い敷地に、恵まれた施設環境・図書室や教材室も充実しているからこそできる展開方法です。また、この園には年中、各地や海外の各国から見学者が訪れることを加味しても、どのクラスに行っても、子ども達が親しく話しかけてきます。遊んでいる内容についての質問への対応も、自分の言葉で説明しようという意欲が見られました。

付堅敏園長が「近年は保護者が高学歴になってきていますが、教師のほうも、常に子どもが楽しく自立心を育てるには、どのような教授法がいいのか、教材作りにも熱心で前向きに取り組んでいます」と語っているように、教室や廊下にあちこちに飾られた手作り教材は、思わずじっくり眺めてしまうようなアイディアに溢れていました。

この園の大きな特徴は、普通クラスと国際クラスがあって、どちらも英語と中国語のイマージョン教育をしていることです。英語を身につけることに焦点をあてているので、他の園のような楽器の習い事はありませんでした。

国際クラスの食費は月200元、普通クラスは110元で、国際クラスではビュフェ形式で、バイキングのようにいくつかある料理から好きな食べ物を選ぶことができるスタイルでした。

☆食物アレルギーも西洋化
 食事といえば、中国の園では、必ず、1週間のおやつや食事のメニューが黒板やプリントされたもので表示されています。そして、調理室に行くと、同じように、アレルギーや除去食がクラスごとに明示してあります。

中国の園での給食で食物アレルギーに敏感になってきたのは近年ですが、回族(イスラム教徒)の子どもなど宗教上の理由で食べられない子どもへの配慮は昔からしていました。少数民族が多い多文化な食文化背景があるからです。この園には、いろいろな国の子どもがいるので、ピーナッツ、豆腐、きのこ、牛乳、海鮮類、豆類、えびなど、除去食にも国際色が出ています。
昔から「咳が出るときは海鮮類を食べない」と言い伝えられている中国ですが、喘息のために「えび」を除去している子ども達は他の園でもいました。

園医である保健室の朱明芳先生に、近年の子ども達の健康状態の傾向について伺いました。数年前まではどこの園に行っても、肥満児や肥満傾向の子どもを見かけましたが、最近は食べ物でカロリー・コントロールをして、努めてからだを動かす運動をさせているためか減少してきているようです。また、産院や母子保健指導においても、必要以上に妊婦がカロリー摂取をしないようにと変化してきているようです。

いくつかの都市の保健センターを以前に訪問したとき、肥満児の子どもの耳に鍼をしているのを見かけましたが、子どもに食欲を抑える鍼をするのは好ましくないと、現在はしなくなったとも話していました。近年は、視力が悪い子が増加しており、家庭では、子どものアレルギーも心配の種になっています。この園では病時保育は、大学付属や企業内保育所と異なって、37.5度以上の高熱の子どもは受託しないそうです。

ところで、幼稚園での英語教育についてですが、上海は国際都市で海外からの商社勤務など外国人の家族が大勢居住していますので、インターナショナル幼稚園は沢山あります。それらのインターナショナルな園を見学しますと、世界中からの有名なメソッドや教材を集めて最先端の幼児教育を行っている現状を見かけます。この幼稚園も将来的にはそれらと同じような分類に属するようになるのかもしれません。

☆「食育」指導にも力を入れる
 上海市の荷花池幼稚園は1958年創立の幼稚園ですが、2005年9月に黄浦区に移転してきました。 中国に限らず、敷地に余裕ある幼稚園では正面玄関から入ると広いロビーには大きなモニターがあり園での活動の様子が映し出されて、送迎にきた家族の待合室になっています。この園も総合病院のような立派なロビーを通ってから、年中クラスの活動の様子を見せてもらいました。
「私は中国人です」というテーマのプロジェクトですので、保護者が参加協力して、中国の歴史・家族の世代や家庭の様子がわかるような素材を提供して制作した作品などが展示されていました。同じ年中クラスでも隣の教室では、別のテーマ「仲の良い友達」で異なった内容でした。

「建物」のテーマでは、486mの東方明珠テレビタワーや88階建ての金茂大厦が人気のようで、どの園に行ってもこれらの建築物をイメージした子ども達の制作物や遊びが展開されていました。

他のクラスでは将来はジュエリー・ショップの経営者でデザイナーになりたいという男の子が素敵なアクセサリーを創り出しているなど、上海という都会の地域性を映し出していました。 さらに、               廊下では他のクラスの子ども達は、民族衣装を着て、10月1日の国慶節のお祝い用のカラフルなしかけ花火のようなお祭りの場面を作っていました。

ところで、「食育」は中国の都会でも関心の高いテーマです。この園では、子ども達の健康管理のための食育に力を入れており、家庭での栄養指導も毎月ニュースレターで細かく指導しています。100種類もの献立が用意されており、子ども達が喜んで食べてくれるような調理法の工夫を 心がけています。好き嫌いが多い子どもには、きれいに残さず食べられるように先生がタイミングよく言葉かけをするなど個別に配慮をしていました。

食費は、どの都市の園に行っても、種類や年齢、また、食事をする回数によって若干異なっています。いわゆる月謝もここでご紹介したモデル幼稚園はもっとも高額で基本の管理費800元、食費や習い事を含めると大体1200元くらいが中心です。1級幼稚園の管理費は250元で、2級幼稚園は200元です。上海住民の平均可処分所得を考慮すると、モデル幼稚園には経済的にかなり恵まれた階層の子ども達が通っていることがわかります。

☆ 伝統幼児教育文化と現代の調和
さて、大きなイベント・ホールでは、舞踊の専門家の先生が手指を巧みに使いながら「手指の重要さ」を教えるユニークなリトミックを教えていました。武術の型を通して、手や踊りで動物独自の特徴的な動きを表していますが、言葉がなくても鷹とか蛇とすぐにわかります。子ども達もその真似をしたり自分でさらに表現したりします。また、子ども達のほとんどが「辰年」だったので、園の教師の夫が協力して、かぼちゃで龍を彫り子ども達に見せるパフォーマンスや龍の影絵のお話や歌・踊りなど「龍」をテーマにした行事のための練習をしていました。

パソコン教室やAV施設が完備している幼稚園では、子ども達にパソコンやホールの大画面を使って、テレビのクイズ番組のように興味を持たせて百科事典的な知識や伝統的な遊びを紹介し学ばせるプログラムを導入しています。

少し前まではAV教材を子ども達に受動的に見せて教える方式が多かったのですが、近年は荷花池幼稚園のように子どもが体や手指を使って自分で考えて五感をとおして学ぶためのひとつのツールとして用いている園が増えてきました。
宋青園長は「子どもの自主性と芸術的創造性や表現力を育てる総合的な教育を目指すために、教師には様々な研修や子ども達にも専門家による本格的な指導を取り入れています。これからの時代に対応できる国際的なコミュニケーション力が身につくような包括的プログラムや特色ある発展をと考えています」と語っていました。

☆園の活動に保護者は積極的に参加
 10年くらい前までは、北京や上海、天津、大連など都市部の多くの幼稚園では保護者会の組織がなくて、訪問時にどうしてないのかと尋ねますと、園側では親が団結して要求が激しくなるとか、親のほうからは先生に教育は任せてあるし時間的余裕もないという声が聞かれました。しかし、当時からすでに上海市には教育的配慮や連携のために保護者会のある私立の幼稚園が存在していました。現在は多くの幼稚園に保護者会があります。

荷花池幼稚園の保護者会は理事会と保護者会の代表がかなり積極的に園の活動に参加しています。4歳児の父母の方々にもお話を伺うと、各クラスから3人くらいを選出して主軸となる教育以外のすべてに関わりをもっているそうです。組織は委員会制度になっており定期的に集会を重ねて、たとえば、遠足の場所やその交渉、クラスでのテーマで必要とされる展示品や道具も委員が率先して製作し、それぞれが得意分野のことを披露して社会見学の紹介や引率などほとんどの親が協力的に行っているとのことでした。園児のほとんどが両親共に働いていますが、親達の教育参加意識はかなり高いことがわかります。

また、設備が整った公立の幼稚園は地域コミュニティに根ざした教育センターでもあるので、上海では週末は通常の園児以外の子ども達を受託する園も多く、この園では地域の住民達に午前と午後に2時間ずつホール、図書館、園庭を開放していました。
2006年の10月にもこの幼稚園を再度訪問しました。その直前の9月には2010年の万博開催のための用地にできた団地内に荷花池幼稚園の新しい分園の開園式が市長も参列して行われたというニュースがテレビで報道されていました。

荷花池幼稚園を最初に見学したときに、建物は新しく設備は整っているのですが、宋青園長先生はじめ若い意欲的な先生方の細やかな心配りや子ども達の表情にはとても懐かしい家庭的な雰囲気が漂っていました。今回も、手作り教材や芸術教育など中国の幼児教育の良き伝統の名残を生かしながらも、現代的な最新情報メディアが上手に駆使されている新旧の融合を肌で感じ得たことが印象的でした。

いろいろな国の幼稚園を何度も重ねて訪ねますと、設備や遊具・教材などが年々整備されていきます。しかしながら、大きな組織になっても、園長先生の教育理念やお人柄が教職員に行き届いて、園全体が生態系として子ども達を育んでいる様子が確認できると幸せな気持ちになります。

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