【第18回】中国の子どもの文化センター「中国福利会少年宮」と情操教育の「音楽幼稚園」

執筆者: 山岡 テイ (情報教育研究所所長)

☆文化・芸術に親しみ学び発表する場
上海市延安西路にある「中国福利会少年宮」は、1953年に宋慶齢によって設立されて、現在の新しい16階建てのビルは2005年6月1日にオープンしました。

「少年宮」には子ども達が芸術を中心にした習い事ができるようにと、さまざまな教室が一堂に揃っています。英語では「Children Palace」と訳されており、子どものための文化センターは、まさに「子どもの宮殿」です。

「中国福利会少年宮」は中国を代表する少年宮のひとつで上海市の名所観光地にもなっています。上海市の各区部には、教育委員会が管轄する少年宮があります。今回ご紹介する「中国福利会少年宮」は上海全市の子ども達に向けて開放されています。

建物に隣接しているアスレチック施設 吹き抜けになっている豪華な正面入り口

建物の横には、子ども達が自由に遊べる大掛かりなアスレチック施設があり、大勢の親子連れでにぎわっています。

正面の地下1階からの入り口には、子ども達の絵画が大きなパネルに展示されており、吹き抜けの豪華な「子どもの宮殿」へのプロムナードになっていました。

入り口にパネル展示されている子ども達の作品

この中国福利会少年宮では講座や教室で文化・芸術を学ぶだけではなくて、発表の場でもあります。伝統舞踊・バレエ・ピアノ・演劇・合唱・書道・絵画・中国画など種類も豊富なだけでなく、ここでは日ごろの練習成果を、300人収容のグランド・シアターや各階に設けられたホールで、舞台に立ち発表する経験もできます。 管楽器や弦楽器のオーケストラもあって、上海市のイベントにも要請されて出演しているそうです。

子ども達の顔は真剣そのもの バレエのレオタード姿で
続いてピアノのレッスン

5歳から16歳までの子ども達が対象ですが、部屋によっては、大学生くらいの男女を見かけます。彼女達は、人形劇などの制作や練習に来ている学生達です。また、この少年宮では、一人の子どもが4つも5つものおけいこ事をかけ持ちしているのもめずらしくありません。バレエの練習着のままで、ピアノの個人レッスンを受けている子どももいました。

とくに、週末にはこの少年宮に終日滞在して、つぎつぎに習い事をこなしている多くの子ども達を見かけました。

人気がある習い事は、1.舞踊 2.合唱 3.絵画 4.パソコンで、とくに、舞踊は有名で入室するのは競争率が高く、ここに入れない子どもは区の少年宮へ通うことになるそうです。

費用はグループレッスンのクラスで、1学期200〜300元(*)くらいです。ピアノなど個人レッスンでは30〜45分で1回40〜50元ですので、他の一般的な教室のレッスン料に比べて半額以下とのことでした。

(*)1元は15円くらい

☆おけいこ事を通して才能を開花させる
演劇のクラスでは、本格的な大道具が設置された舞台で小学生の女の子と男の子が熱演しています。
劇のあら筋を聞くと、お気に入りのきれいな蝶々をガラスの瓶に入れたので、その蝶々役の女の子が泣いている。それは「いやな事を強いられる象徴」であり、ピアノの練習を強要されるといやだろうと、その男の子に例え話で説明がある。
しかし、それは現実ではなくて夢だった。その子は生物クラブに入りたかったので、夢から覚めて、すぐに蝶々をガラス瓶から出して放してあげるが、生物クラブには入部できるというようなストーリーでした。

蝶々役の女の子の迫真の演技 具体的な描き方の説明を聞いて試してみる

まるでプロのような迫真の演技で思わず見とれてしまいました。それもそのはずで、ここの演劇クラスの子ども達は子役としてテレビ出演をして、お芝居や漫才コンクールなどで数々の優秀賞を得ている名門の実績がありました。

そこに隣接した教室では、将来の舞台デビューをめざす大勢の子ども達が発声練習や早口言葉のような基礎的な練習を真剣に行っています。

つぎに、「アートとクラフト」の絵画クラスへ行くと、丸いアーチ型スカートの曲線の描き方を先生が細かく指導していました。教室内の備品環境は高校生まで使用するためか、美術専門学校か美術系の塾のように揃えられていました。

また、中国で歴史の長い中国画や書道のクラスでは担当の先生からお話を伺いました。これら伝統的なおけいこ事を始めるきっかけとしては、親の意向で通わせるようですが、目に見える成果の作品を持ち帰ることができるので子どもにも励みになり意欲が高まるそうです。書道は小学校によっては必修の所もあるようです。

先生が直接に個人指導 創作イメージを広げて

パソコン教室のドアには「小博士工作室」と掲示板がありました。この少年宮のパソコン教室は1983年6月1日に全国に先駆けて設立された子どもコンピュータ教育活動として開始されました。  1984年2月16日に、ここを視察した鄧小平が、先生と子ども達のプレゼンテーションを見て、

「これからの子どもの教育はコンピュータの普及から」と感想を述べたことでも有名です。

私は1990年代の初めから中国の園や小学校を訪問し続けていますが、とくにモデル幼稚園ではかなり早い時期から大量のコンピュータを企業や篤志家からの寄付で設置しており、小学校でも近年は積極的に授業に取り入れている所も目立ちます。「小博士工作室」は中国福利会の実験的なモデル教室でもあるので、子ども達も講師の先生を囲んで意欲的に質問していました。

習得度が異なる子どもを先生が個別に対応

小学校5年生の男の子をお迎えにきたお母さんにお話を伺うと、「学校では基礎的なことしかしないので、もっと専門的に勉強させたくて2カ月前から始めました。パソコンの技能検定を10歳の子どもが最年少で取ったと聞いたので、うちの子にも受けさせようと思っています」と熱心に語っていました。

この少年宮では子ども達の送り迎えで同伴してきている保護者や祖父母が待合室やロビーで教育情報を交換している場面にも出会います。

パソコン教室が終わって出てきた男の子とお母さんは、その日の様子を話し合いながらすっかり暗くなった夕闇の中を親子で家路へと向かって帰っていきました。

☆芸術教育を基盤にして生かす
 将来のプロをめざした音楽教育を「少年宮」で学ばせる保護者もいますが、上海にはもともと音楽や芸術教育に特化した幼稚園もあります。
それは黄浦区にある「上海市音楽幼稚園」です。この幼稚園は1984年に別の場所で香港人によって園の前身が創設されて、1989年には黄浦区教育局の下に開園しました。

当初は、音楽専門であることに希少価値があり、プロの道を目ざす子ども達が10倍以上もの倍率で集まりました。しかし、その後の教育改革によって音楽だけに特化しないで、子どもの芸術への興味や潜在能力を伸ばしつつ、上海市の公立園として総合的な幼児教育を行うようになりました。

現在は基礎教育がおよそ7割で音楽特色教育が3割の配分で構成されていますが、他の園に比べると音楽がすべての基盤になっています。

一日のプログラムは、

7:30 登園・朝食。
8:00 コーナー遊び。
* この時間帯におやつを食べたり、水を飲んだりする。
9:00-9:45 外遊び。リズム体操。
10:00-10:30 集団活動。
10:30 自由活動。
11:00-11:45 昼食。11:45 外へ散歩(週3回)。
12:15-14:30 昼寝。
14:30-14:45 起床(10分くらい前に目覚まし音楽が奏でられる)。
14:45 体操。
15:15 集団芸術活動。
16:00-18:00 降園。

*ほとんどの家庭が17:00までにはお迎えにきます。

園庭で身体表現やリズム体操 道行く人達も笑顔で見学

上記の日課の他に金曜日は「週末大活動」で、外のコンサートを聴きに出かけたり、バレエの名曲DVDを鑑賞したり、水曜日は昼に「ウィークリー・コンサート」や日ごろの練習成果を表現し発表する「ドレミ・クラブ」など、音楽幼稚園ならではのプログラムもあります。

ロビーのモニターではコンサートや行事を放映
壁に貼られた作品も胡弓や琵琶がアクセント
数々の発表会やコンサートの様子をコラージュ

「多くのスケジュールを組むのは、子ども一人ひとりの個性を伸ばすため」と語る沢琳文園長は、日本に5ヵ月滞在した経験があります。日本と中国の園児を比べて、日本の子ども達のほうが逞しいという表現をしていました。

日本での研修や留学、日本の園を見学した経験がある中国の現場の先生方は、一様に「中国の子ども達は一人っ子なので、兄弟姉妹がいる日本の子どものほうが社会性もあり、ひよわではない」と印象を語るようです。

☆音楽の情操教育で自主性や能力を養う
この園では習える楽器の種類も多く、レッスン料も異なります。園の月謝は管理費を入れて1200元ですが、その他に、1回30分のレッスン料は、ピアノは500元、チェロとバイオリンは400元で、伝統楽器の柳琴・二胡・琵琶や洋琴は300元です。

全員がいずれかの楽器を習っており、10年以上前は、卒業すると舞台出演をめざしましたが、現在は音楽や芸術活動によって子どもの情操や素質を伸ばすことを目標にするように変わってきました。

民族衣装を着て
伝統的な舞踊の時間
楽器演奏は親も同席して
一緒にレッスンを受ける

クラスでの活動を見学すると、どのクラスも音楽や舞踊、美術など芸術全般に力を入れており、教師や保育士は全員が芸術の専門家です。この園では、保護者との意見交流やアンケートがきめ細かに行われており、その結果を上手に保育内容に生かしてフィードバックしていました。

沢琳文園長は、「音楽教育の特色を保ちながら、子どものバランスがとれた人格育成を目指す総合的プログラムを行うことはむずかしいことです」と、20年の歴史があっても、今後の園の生き残りを懸念しています。その一環として、若い保護者達に、家庭と園と社会で子どもを育てる連携を理解してもらえるようにと、月末には園長への相談日を設けて意見や悩みを聞き親身な対応をしていました。

「楽器練習を通して音楽が生活の一部になって楽しんでいる子ども達は持続力や達成感による自信があるので、とても前向きに成長します。必ずしも音大付属に行かなくても、小学校の中学年以降で暗譜による記憶力や聴く力が他の学科でも優位性を発揮することを多くの保護者からも報告を受けています」と、とても説得力のある実績を例に出して、音楽の情操教育のすばらしさを語っていました。

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