【第17回】モンテッソーリ教育を基にしたドイツの保育所

執筆者: 山岡 テイ (情報教育研究所所長)

モンテッソーリ幼稚園の始まり
1907年にイタリアのマリア・モンテッソーリ女史の提唱で始まった「子どもの家」は世界各国の幼児教育界に大きな影響を与えました。その発展経過として、1929年には教員養成のための国際モンテッソーリ協会がスタートして、日本では1968年に日本モンテッソーリ協会が設立されました。http://www.geocities.jp/ami_tokyojp/jam.html

どの国を訪れてもモンテッソーリのプログラムを包括的に導入した幼稚園やモンテッソーリ教育法の思想や遊具をもとにして保育活動を行っている園に出会います。日本・韓国・中国・台湾の東アジア、ニュージーランド・オーストラリア、アメリカやフランス・ドイツなどヨーロッパの各国で訪れたモンテッソーリ幼稚園は、その国特有の発展のしかたをしており、それぞれの園によって個性的なモンテッソーリ教育法が展開されていました。

1990年代半ばくらいからは、アメリカやその他の国での幼児教育関連学会の年次大会に参加しますと、「モンテッソーリからレッジョ・エミリアへ」と題するワークショップや研究部会に多くの園の先生方が関心を抱いて集まっている状況があります。

そのような流れの中にあっても、私が訪れた他の国に比べてドイツでは、長い年月をかけて着実にモンテッソーリの教育法を実践し続けて根づいているように思えます。

そこで、モンテッソーリ方式を導入している幼小一元の公立幼児・学童保育所と統合教育の保育所をご紹介します。

モンテッソーリの多文化な公立幼児・学童保育所
ボン市には190の幼児教育施設があり、その内訳はカトリック60、プロテスタント22、公立59、親主導36、その他13となっています(BEDARFSPLAN TAGESEINRICHTUNGEN FUER KINDER IN DER BUNDESSTADT BONN FORTSCHREIBUNG 1. JANUAR 2004, Amt fuer Kinder, Jugend und Familie)。注:原典のfuerはuにウムラウト
公的文書でのこのように園を分類表示をしていることは、キリスト教がドイツの国教であることを示しています。日本ですと、公立・私立で区分けされますが、ドイツでは年金生活者や教会員ではないと自ら申告しなければ、給料の中から教会税として税金を徴収されている社会背景をこの分類は物語っています。

それらの中にもモンテッソーリ教育理論に基づく教育施設はドイツ各地に公立、カトリック、プロテスタントと宗派を超えて沢山あります。ドイツのモンテッソーリ教会の連盟協会のホームページからは登録されているおよそ600の「子どもの家」を地区別に検索することもできます。
http://www.montessori-deutschland.de/startseite.html

最初に訪れた公立の幼児・学童保育所「モンティ・ホィチェン:Monti-Haeschen」には、お昼までの3~6歳の幼稚園児が25人と17時半までの保育園児20人(定員25人)、そして、下校時からは「ホルト:Hort(学童保育)」となり6歳から14歳までの児童・学生40人が通ってきます。

(注:Haeschenのaeはaにウムラウト)

この地区はアラブ系の研究者や大使館の子どもが多いこともあり、現在園児45人は17カ国籍で構成されています。その内訳はモロッコ8人、リビア、トルコが3人、ナイジェリア、クロアチア、チュニジア、イラン、イタリアが各2人など、他の子もいずれかの親が外国籍というように多文化な保育環境です。

入園当初は17人の子ども達が全くドイツ語を話せず、ドイツ語を始めたばかりの子ども達も大勢いました。しかし、園庭や外遊びでは茂みを通ると危険だとか、他の友達のやり方を観察しながら日々を過ごしています。

そして、室内では気に入った遊具で遊ぶことで気持ちが落ち着き、じょじょにモッテッソーリの遊具に集中して取り組むようになってきました。彼らは毎日のように小さな現実に出会い、それらの経験をとおしてその場に適切な言葉や行動を学んでいくようです。

モッテッソーリ教育の園では、園庭で遊んでいるときに雨が降ってきて室内に入るように促すために、小さなベルを鳴らす風景に出会うことがしばしばありました。

いままで思いっきり遊んでいた子ども達は、ベルの音に耳を傾けると手をつないで自発的に中に静かに入ってきます。また、食事の前の儀式も含めて彼らは生活の中の「動と静」のコントラストを一日の中で体験しながら身につけていきます。

室内に入ると2人の子ども達が高い脚立にお互いを支えあいながら登り降りしています。自分の体を使って考えながら自分の限界を経験することを試していました。

友だちと協力してはしごに登る子 床に遊具を広げて遊ぶ新入園児

その向こうには整然と並べられた遊具がありましたが、海外から来て入園後間もない子どもでも、自分ができる“お仕事”を見出して積極的に遊んでいます。大きさや量感、手触りや質感を得ながら遊べるので言葉以前に五感をとおして理解することができるようです。

制作途中のみんなの作品 壁に描いた絵を自分たちでディスプレイ

ドイツ語がまだ十分にできない多文化な背景をもつ家庭の子ども達が、モンテッソーリの遊具をとおして長い間集中して遊びの世界を広げているのが傍で見ていてもよくわかります。

小さな毛糸の織機は男の子達のお気に入りのようで真剣に取り組んでいました。床の上に遊具を広げて母語とドイツ語を混ぜてつぶやきながら遊んでいる子もいました。

グルンバルド・フィッシャー園長先生は、「この地域ではイスラム教の家族も多いのですが、モンテッソーリ教育は宗教や言語を超えて個々の子ども達の要求や可能性、興味や感覚に応じて体験しながら自分の力で学んでいけるのが特長といえるでしょう」と語っていました。

机の上に写真のコラージュ 砂場の覆いをみんなではずしている

とくに、教師だけではなくて、親にも積極的に園の活動に参加してもらっており、「外国から来てここでのお仕事に忙しい父親ですが、家庭で果たす父親の役割は大きいと思います。うちの園では、お父さんからの助言やお父さんができるだけ園と連携をとってくれるようにと直接的に働きかけて参加できる行事や会を企画しています」と父親の育児の必要性を力説していました。

「保護者へ」というお知らせではなくて、「お父さんへ」という働きかけを積極的にしているそうです。具体的には、いろいろな機会を作って父親や他の家族にもモンテッソーリ教育のメッソドを有名な“自分でするのを手伝って”という言葉を使ってわかりやすく説明しています。また、子ども達からの提案で地下に学校の教室のような部屋を作ったときには多くの父親達が協力して制作を手伝ってくれたそうです。

父親たちが協力して作った地下室と園長先生 教室のほかに室内の運動場も親たちが制作

「これからも機会あるごとに子どもが自分の世界を実験できる環境を準備していき、子どもの創意力や自主性を大切にしながら父母と園との理解を深めていきたい」と語っていました。

☆ モンテッソーリをベースにした統合教育
アクション・レーゲンボーゲン協会は、1983年に設立された親主導型の統合教育の保育所で3~6歳の子ども達が通っています。森の幼稚園にも発達に遅れがある子ども達が何人かいましたが、ここはモンテッソーリの教授法をベースにしながら、子どもの症状に合わせて他のメソッドも併用しています。公的な財源が98%で保護者が2%負担で賄われています。

先生と保護者も参加しておやつの時間 ゆったり座れるブランコや砂遊び道具

15名のクラスが2つありますが、その内5人が障がいを抱えた子ども達です。つまり、1クラスに10人の健常児と障がい児が5人で先生は各2人に実習生がいつも数人参加しています。ダウン症、ADHD、自閉症の子ども達ですが、比較的軽度の子ども達だけで、重症の子どもは他の専門機関へと通うそうです。ケルン市には自閉症の専門センターがあります。
保育時間は朝の7時半から夕方の16時半ですが、金曜日は3時までです。

この園では昨年はシリアやトルコ、スペインからの子ども達がいましたが、訪問したときはドイツ人だけでした。ドイツに限らず多言語の民族が住む国では、子どもの言葉の発達遅滞は教育だけではなくて社会的な問題として国策でも、また地方行政の段階でもきめ細かく対応しています。

ドイツでは多文化な背景をもつ子どもを含めて言語発達の遅れがある子どもには就学前に言語障がい治療を受けるように勧められます。ここでは言語治療士や機能障がいのためのトレーナーが常勤しています。

見守る大人の人数が多いということもあるのでしょうが、子ども達は室内ではのびのびと自由に遊んでいます。友達と関わることができる子どもはみんなと一緒に遊んでいますが、大きい年齢の子どもの中にはモンテッソーリの素材を使って自分の世界で黙々と実験をしている子もいました。

どの子の体型にも合う室内ブランコ コーナーごとに個別対応して保育しています

この園では健常児の親のほうが統合教育へのモチベーションが高くて、積極的にここを選んで入園して来ます。障がいがあるとまだ知ったばかりの親は状況を受け入れるのに時間を必要としますが、親同士が有機的に連携して、しだいに親の意識が変化してくる過程では、他の親の関与が大きな役割を果たしています。これから生きていく社会をこの園という生活集団の中で親子共に学ぶことができるという意味からも統合教育を行っている意義があるとカルメン・ハイネマン園長先生は語っていました。

運動機能のトレーニングを必要とする子どもは先生と専門の遊具やモンテッソーリの素材も用いて個別対応でコーナーや別の運動器具がある場所で行っています。その他、毎日1~2時間は小さなグループでの集団遊びが組み込まれています。

この園では、「身体の動き」が大きなテーマになっており、子ども達の活発な動きを促すようなボール・マッサージを行い、特別に開発された種々の遊具を用いたダイナミックな遊びが行われています。週に1回はスポーツの日があって、それぞれが体の限界に挑戦します。

私が経年調査で訪れているハワイのホノルルにある「ヴァライティ・スクール」という養護学校には自閉症とADHDの子ども達が通ってきます。ここでは多角的な訓練アプローチで、その子どもだけに合った運動能力を発達させる教具や遊具をいつも創意工夫していることに毎回驚かされます。

ついこの前までできなかったことができるようになる喜びは、本人はもとよりトレーナーや先生、家族だけではなくて、周りのすべての人を幸せな気持ちにしてくれます。

一人ひとりの子どもを毎日注意深く観察していると、その子がいまどのような運動刺激を与えるとよいのかがわかるのだと思います。この幼稚園でも同じように様々な工夫を見かけました。

また、この園の教育構想が書かれた小冊子には、どのように保護者とともに協同で子ども達と関わっていくかという詳細が具体的に載っています。先生やトレーナーとのチームで子どもを見守っていくという基本姿勢が訪れる保護者への力強い励みになっていることを感じました。

障がいを持った子どもとその他の子どもの双方にとって、お互いの違いを理解しながら認め合って一緒に遊べる環境を作るために、モッテッソーリ教育メソッドが有効に機能しているように感じました。

もともとモッテッソーリ女史は障がいのある子ども達を対象に教育を始めたところから教育理論が生まれたので、そのメソッドは現代でも統合教育の中で有機的に生き続けています。

ハイネマン園長は、「5歳児には就学準備教育をします。一般的な知識だけではなくて、クラスの皆の前でスピーチをしたり、意識的に右脳と左脳が十分に働くような作業をさせたりトレーニングも含まれています」と説明してくれました。

さらに、長い教師生活の経験をとおして、子ども達には他の子と比べて何ができるかを比較するために能力をつけるのではなくて、「幼児期にこそ、自分が一番大切な自分自身への“温かい自信” を育くむ環境と機会をどの子にも与えたい」そして、「それが友達や周りの人に対する思いやりに通じる大事な自分の礎になるという価値観を植えつけたい」と熱く語っていました。

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