【第16回】ドイツのシュタイナー教育と地域の支援活動

執筆者: 山岡 テイ (情報教育研究所所長)

 シュタイナー幼稚園の独自性
ドイツにも他の国と同様に宗派や特別な教育メソッドに基づく幼稚園があります。 その中でも、とくに有名なシュタイナー幼稚園は思想家であったルドルフ・シュタイナーの人智学(アントロポゾフィー)による独自の教育哲学で運営されています。
シュタイナー幼稚園はドイツでは、ルドルフ・シュタイナーが1919年にシュトゥットガルトで開設した自由ヴァルドルフ学校の名称から「ヴァルドルフ・キンダーガルテン:ヴァルドルフ幼稚園」と呼ばれています。
日本も含む世界各地にあるヴァルドルフ(シュタイナー)幼稚園の所在地は地域別に国際ヴァルドルフ幼稚園協会のホームページで知ることができます。
http://www.waldorfkindergarten.org/

私が最初にシュタイナー教育に出会ったのは30年前のドイツ滞在中ですが、そのとき友人の子ども達がシュタイナーやモンテッソーリの幼稚園や小学校に通っていました。それぞれの幼稚園を見学させてもらう機会があり、保護者である友人達の日ごろの教育観と合わせて、両方の幼稚園の特徴や違いを親子の関わりや家庭生活をとおしても学ぶことができました。

シュタイナー幼稚園に通わせていた家族は、どこも音楽や美術に造詣が深く、子ども達の人間性を尊重した子育てをしており、世間の風潮に流されないで自分達の確かな生き方を保っていたのが印象的でした。その後、ドイツを訪れるときには必ずいくつかのモンテッソーリとシュタイナーの幼稚園を見学してきました。
都市部であっても地方においても、シュタイナー幼稚園に足を一歩踏み入れると、そこには他の幼稚園とは異なった独特な空間スペースが広がります。プラスチック製品や原色のおもちゃや遊具はひとつも置かれていなくて、自然素材の木製のシンプルな遊具や積み木や組木、木の実や木片、小石、温かな風合いの毛糸や布で手作りされた野菜や果物、人形などが藤の籠の中に並んでいます。

ままごとのゾーン、劇場やお店屋さんにも変幻自在の小さな家やカウンターがあちこちに設置されており、淡い色調のピンクのカーテンや壁の色を間接照明が照らしています。どのシュタイナー幼稚園を訪れても優しいピンク色のカーテンや柔らかな肌触りの布に包まれています。また、季節のコーナー・テーブルには子ども達が制作した四季折々の表現がディスプレィされています。
食卓の上には小さな花やロウソク、貝殻やきれいな小石を飾って、台所もおばあちゃんの時代から伝わる道具が置いてあります。まるで、ナチュラリストの別荘に遊びに来たようなくつろいだ気分になります。

皆がゆっくりと休んだり、円座してお話を聴いたりゲームをしたりできるスペースも必ずあります。シュタイナー幼稚園の独特な空間環境は園児だけではなくて、訪れる大人にもゆったりした時間と安らぎを与えてくれます。

どのような教育観で育てるか
シュタイナー幼稚園では室内で子ども達が走り回り、大きな声で騒いでいるのにほとんど出会ったことがありません。  子ども達はどの子も自分の遊びの世界でファンタジーを広げているので、たとえば外からの見学者がいてもほとんど興味関心を示さず、マイペースで自分の遊びに夢中になっている子どもが多いことが特徴的です。

それを物語る私自身の体験もあります。娘が2歳のときに子連れ取材でドイツのいくつかの幼稚園や保育所を回ったときのことです。先生と私がお話をしている間は、どこでも娘は園庭や活動の中に溶け込んで遊ばせてもらっていました。

年齢混合の縦割り保育では、ドイツ語が話せない小さな子どもが突然来ても多くの場合は年長児が面倒をみてくれます。しかし、シュタイナー幼稚園だけでは、初めて彼女は親の私に寄り添って傍から離れたくないと言ったのです。シュタイナー幼稚園の子ども達は自分の遊びの世界に懸命で、外からの訪問者はすぐには入っていけない雰囲気を感じ取ったのでしょうか。 彼らは外遊びのときには元気いっぱい活発に遊んでいますが、室内では作業をしているときも、何人かでお芝居のような遊びをしているときも落ち着き集中して自分達のペースで遊びを広げています。

昼食は安全な手作り自然食が中心です。以前訪れたシュタイナー幼稚園では、手編みの前に毛糸の糸を紡ぎ、子ども達がパンやお菓子を手作りする以前の原料や素材づくりにも係わっていました。有機栽培の農園が隣接しており、本格的な農業を体験できる環境にありました。

シュタイナー幼稚園では子ども達の保育環境や遊具、食事や芸術活動においてすべて教育思想に基づく包括的な配慮があります。そのため教育方法やカリキュラムに準じた家庭での協力にも徹底したこだわりが随所に見られます。その結果として、他の幼稚園に通う親子には理解が難しい要素として受け止められる側面もあるようです。
しかし、実際に幼稚園の中で子ども達の様子を見ると、黙々と自分の想像性を膨らまして遊んでいる姿からは、集中力や自律性が養われる教育環境であることがよく伝わってきます。
2005年秋に訪問したボンのシュタイナー幼稚園では、子ども達は朝7時半に登園する子もいて14時までが通園時間でした。アンジェリカ・フィールメッター園長先生に、シュタイナー教育の特徴や最近の動向について伺いました。

「シュタイナー幼稚園に子どもを通わせる保護者は当初からシュタイナー教育に関心を持って訪れる場合が多いのですが、ルドルフ・シュタイナーの著書を読んでその思想に賛同したというよりは、最近はシュタイナーについて書かれた本が判断基準になっています。そのためか子どもの行動を倫理的にいいとか悪いとかで判断する傾向がみられますね」ということです。

また、シュタイナー教育を受けて大人になった人は芸術や教育家、農業や職人気質な仕事の方面に進む人が多かったですが、いまは様々な方面で活躍しているようです。
シュタイナー教育では、子どもは7年周期で発達の節目があるとされていて、0から7歳くらいまでの幼児期は「意志」を形成する時期で、14歳までは「感情」、21歳までは「思考」をそれぞれ育成するとされています。とくに、幼児期は親や周りの大人の模倣からあらゆることを学びます。どの子も独自の才能と個性があるので、その個性を発見して自然に伸びるような環境を準備することが家庭と園で行う大事なことだと園長先生は語っていました。

シュタイナーの幼児教育というと、家庭でもテレビやコンピュータ、パソコン・ゲームなどから子ども達を遠ざけた能動的な養育環境をというイメージがあります。 現在はどの国でも、園や家庭で子ども達に早い時期からコンピュータに触れさせる教育環境を準備しているのが時代の趨勢です。   そのような現状にあって、シュタイナー教育だけに限りませんが、時代の要請や社会の情報的規範に流されないで、自分達の意思による確かな教育観で子育てを続けることは容易なことではありません。

しかしながら、保護者は子どもの未来へ向けての大事な土壌づくりを行っていることを、他ならぬ目の前の子どもが日々の養育場面の言動で教えてくれることが確信と励みになっているのではないかと思われました。

幼児・学童保育所は地域のコミュニティ・センター
ルーカス教区のプロテスタント幼稚園・学童保育所は、地域のファミリーセンターにもなっています。幼稚園児は3歳から6歳までですが、ここもキンダーホルトと呼ばれる6歳から14歳までの学童保育の施設も兼ねている幼児・学童保育所です。
この幼稚園は戦前からの長い歴史があり、その後、前身となった園は1948年に開設して現在のように学童保育も兼ねて新築したのは1954年でした。

ドイツはキリスト教国家なので、地区の教会が地域の教育や福祉のコミュニティ・センターの役割を担っている伝統的な歴史があります。
一日のスケジュールは、7時15分が開園で午前中は自由遊び、昼食のあとは午後2時までが受託時間です。

地域に根ざしたキリスト教の幼稚園ですので、お祈りや宗教教育の時間もあります。園や学童保育のパンフレットには、他の宗教の子ども達への配慮も掲げられています。この園にもアフガン、マリー、トルコ、コンゴなど宗教や文化背景が異なる家庭の子ども達が通っています。

この園ではできるだけ自然環境の中で子ども達を遊ばせて、虫や小動物、草花を育てて、遊具も自然素材のものを中心にエコロジカルな教育を目ざしています。プロジェクト教育も自然環境教育に重点を置いています。園庭には子ども達の共同作品があり、草木の観察や手入れを熱心にしている子ども達を見かけました。園庭にある大きな「ツリー・ハウス」は子ども達のお気に入りで、園のシンボルのような存在でした。

2005年にはCDU(キリスト教民主同盟)のメルケル首相に政権が交代した結果、これからは就学年齢が早まり5歳からになることが、訪れたどの園でも話題になりました。それに連動して幼児・学童保育所では3歳未満の子どもを受託する企画も出ています。ドイツでは5~6歳の年長児は就学前教育をしますが、それも年齢が下がってくるので園のほうも対応にプレッシャーがかかってきます。

就学年齢が早くなるのはドイツだけに限らず、他の国でも教育政策として掲げられている近年の傾向です。 30年近くずっとこの園で教師をしているメルテンス園長先生は、このセンターに集まってくる3歳から14歳までの全員のお母さん役でもあります。

「最近の子ども達は視覚ばかりが発達して他の感覚の動きが少なくなってきているので、五感すべてが均等に働き、心と体がバランスよく成長できるような運動やプログラム、遊びの工夫を心がけています」と語る園長先生です。

この園で長い間子ども達との信頼関係を築いてきた結果として、学童に来ていた子ども達が成長して、いまは実習生として来ています。

そして、親子2代に渡ってこの園に通っている家族もいて、訪問した日の降園時間後の夕方には、園長先生は親身に保護者の相談に乗って話し込んでおり、この幼児・学童保育所や先生方が地域の家族の拠り所になっているようでした。

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