【第15回】自然の中に子ども達が溶け込むドイツの森の幼稚園
(執筆者: 山岡 テイ/情報教育研究所所長)
2年間お休みをいただいていた連載をまた再開します。どうぞよろしくお願いします。
今回はドイツの森の幼稚園を訪ねました。 ドイツ人は日常的に林や森の中へと気軽に散策しに出かけます。 そんな森の文化が定着しているドイツらしい幼稚園の活動をご紹介します。
☆ 森の中で過ごす「森の幼稚園」
「森の幼稚園(Waldkindergarten)」を最初に訪れたとき、ドイツのボン市郊外に位置するシュバインハイムの森の中で朝の8時に先生や園児達と待ち合わせをしました。うっそうとした木々が生い茂る目印がない森の中で、もし迷子になったらと方向音痴な私は少し不安な面持ちでグリム童話のような世界に足を踏み入れました。
しかし、森の生態系の一部として自然に溶け込み生き生きと遊んでいる子ども達に出会ったら、そんな心配は瞬時に消えてしまいました。それどころかずっと一緒に森の四季を経験したいと思い始めるようになりました。
「森の幼稚園」というのは特定の園の名称ではなくて雨の日も雪の日も森に集まり、森の中で移動しながら保育活動を行う幼稚園全体をさしています。
森の幼稚園には2種類あって、園舎などの施設を持たずに森の中だけで活動している園と園舎を持ちながら屋外活動の一環として森での保育を行うところがあります。このボンの「ラウプフレッシェ:Laubfroesche(雨蛙)」(*)という森の幼稚園は前者で、園舎施設は持たずに広域にわたる国や市、個人が所有する森林の中で許可を得て活動しています。
吹雪や大雨など緊急避難時にはバウワーゲンと呼ばれるコンテナのような感じの小さな倉庫兼隠れ家があり、教材やテントなどが保管されていました。
(*)ラウプフレッシェ:Laubfroescheの「oe」は「o」にウムラウト
☆森は自然のアミューズメントパーク
朝8時過ぎに現地集合して最初は草の上で輪になり、一日の開始の歌を歌ってからお絵かきが始まりました。そこでは数や地図の勉強をしたり、木片に点描画を描いたりと集団遊びが展開されています。子どもは15人に教員1の配置ですが、その日は夏休みの延長で旅行中の子どもが多く9人が出席で、園長先生ともう一人の実習生が同行しました。集合地点での活動が終わり片づけをしてからリュックを背負い、みんなで遠足のようにつぎの場所へ移動します。小さな荷車には必要最低限の荷物が入っており、先生達が引っ張って行きます。この日は入園初日という2歳児の父親が参加していたので、彼が小さなリアカーのような荷車の移動を担当していました。
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ビニールシートの上でお絵かき | みんなで歩いて移動中 |
ゆっくりと森の中を歩きます。森の中を歩くと木々の日陰になる所と木漏れ陽がさして暖かい場所が交互にやってきます。小さな子ども達は歩くだけで汗をかいたり、また、寒くなったりと気温の調整を衣服の脱ぎ着で調整します。年長児が年下の子の面倒をみながら、また、少し発達障害がある子の動きも先生だけでなくて他の子ども達が心づかいをしながら進んでいく様子は「森の探索隊」がチーム編成されているようです。
先生に引率されている感じではなくて、一人ひとりが主体的に歩いており、時として森を散歩する人達に出会うも対等に挨拶をしながら移動して進みます。つぎの地点への途中にもいくつかの遊びのスポットがあって、年長の子どもが「ここの斜面は滑り台になるよ」とか「あそこで遊ぶこともあるよ」と説明してくれます。
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お着替えのお手伝い | テカテカに光っている自然の滑り台 |
つぎの活動をする場所に到着しました。すると、まずスコップが登場して、最初に始めたのは森の中での簡易トイレ用「穴掘り」でした。もちろん小さな腰掛便器ポットも持参してきていますが、土の中に用を足して埋めてから手を洗います。手を洗うための水筒からの水は貴重です。石鹸も火山灰からできた粉石鹸を少量使い、自然の中に戻る環境にやさしい素材を使うように心がけています。
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まず穴を掘ってトイレづくり | 火山灰の粉石けんにお水は少々 |
さて、トイレが済んだところで朝食になります。「イゾマッテ:Isomatte」と呼ばれる小さな防水マットの座布団を敷き車座になって皆でお弁当を広げて朝食です。このとき自分が座る場所を中心にして上下左右など空間の位置感覚を学びます。みんなで歌を歌いカウントダウンをして楽しいお弁当タイムです。
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お待ちかねの朝食タイム | リスのお人形にはどんぐりがご飯 |
☆ 自然環境が五感をフル活用
食事が終わると自分で片付けをしてから自由遊びになります。手袋をはめて持参した木片で本格的な大工仕事を始める子ども達や木の虫を探索する子がいれば、リスのぬいぐるみをかごに入れてきた子は、そのリスに食事や遊びの用意をしたり、木登りに連れて行くなど一連のごっこ遊びをしている子達もいます。
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のこぎりも手馴れたもの | くぎを打って製作中 |
大木が自然の力でしなって倒れた状態で横に成長して伸びている枝に登って遊び始める子ども達が何人かいます。そこで、先生が体を吊るホルダーベルトがついた太いロープを木の枝に巻きつけ始めます。そのロープで子どもを順番に空中に舞い上がらせるのです。小さな子どもはピーターパンのように、大きな子どもは手足をバタバタ上下させて鳥のような動きを楽しんでいます。
毎日訪れる自分達の遊び場ですから、どのあたりを探すと自分が遊びたいものに出会えるかをよく知っています。自由遊びになると、どの子も自主的に遊びを見つけては夢中になっています。
森は生きているので、今日の気候に合わせて草木や小動物、虫達が昨日と異なった表情や動きを見せてくれるのがなによりの教育環境です。森の中で遊ぶと、既成のおもちゃがなくても一人の子どもが切り株をある日は車に、次の日は列車に見立て、身近にある小枝、石、葉っぱなどで思いのままに遊び道具を作り出していきます。
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この木がみんな大好き | ロープで持ち上げてもらいます |
季節に準じたプロジェクト教育のカリキュラムも充実しており、昆虫、草花、木々や動物の変化を観察します。そして、温暖な季節や天候の日だけではなくて、当然、雪の日も雨風の日もあり、蚋や蚊からどのように身を守り順応していくか、また、そのような厳しい環境の下に身を置くことで、体をとおして自然への畏敬の念を学ぶことができるのでしょう。
子ども達の個性や発達が様々なように、森の中での興味対象や行動が異なっています。でも、どの子も自分の体の隅々まで五感をフルに使って大きな自然の懐に抱かれて環境と互角に対峙しているのが頼もしく感じました。
11時半ごろには片付けに入り、また、森の中を抜けて保護者達がお迎えに来ている入り口のほうへ向います。最後には輪になって終りの歌を歌い連絡事項の伝達や描いた絵や創った作品を渡して解散になりました。
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遊び道具もゴミも拾います | お父さんが森の出口へお迎えに |
☆ 森の幼稚園を始めるまで
最初の森の幼稚園は1950年代半ばにデンマークで子育て中の母親であるエラ・フラタウが近所の子ども達も一緒に森へ保育のために連れていったことから始まり、その後、親主導の「stovbornehaven:デンマーク語の森の幼稚園」が設立されました。その他にも19世紀末スウェーデンにも森や自然教育のルーツがありましたが、北欧と同じように森の文化が定着しているドイツでは、デンマークでの森の幼稚園の存在を知らずに1968年にヴィースバーデンでウルスラ・スーベが森の幼稚園を創立しました。
ドイツでは1991年にケースティン・イェブセンとペトラ・イエガーによってデンマークの影響を受けて森の幼稚園が始まり、本格的には1993年にフレンスブルグに公的な森の幼稚園が認可されました。
2000年には連邦協会が設立され、同様な趣旨に基づく幼稚園数は「森と自然幼稚園連邦協会」のリストによると現在では450も開設されています。
ドイツ国内の森の幼稚園の設立・開園までの経緯は個々に異なっていますが、ボンのラウプフレッシェ幼稚園では、設立と現在の運営に携わっている先生方や保護者が一同に集まってお話を聞かせてくださいました。
この幼稚園は創立者レナーテ・フェンデルさんの長女が2歳の1997年に、森の幼稚園を自分達の手で開設しようと小さなグループでスタートしました。
所轄の官庁へ何度も足を運び、関係局の12~13カ所に申請書類を提出しなくてはならないなど手続きにも年月が必要とされ、園を正式に設立できたのは2002年の9月13日でした。もっと早い時期に設立することも可能でしたが慎重に事前リサーチを行いました。
その間に、デンマークの先駆例やすでに他の地方で始動している森の幼稚園の事例研究をしたり、園長であるカトリン・モルダー先生はじめレナーテさんの教育活動の趣旨に同意する仲間達に出会い、ボンの街中に告知の看板を立てたり、新聞に広告を出したり、積極的に彼女達の活動の基礎づくりが行われました。
現在、各地にある森の幼稚園もその設立のプロセスは一様ではなくて、保護者達の自主活動から始まった所もあれば、市が新しい園の施設計画をしていたときにそのソフトとして森の幼稚園が採用された所もあるようです。
☆自然の中で学ぶ生きる力の教育
レナーテさんが「子どもは自然の一部分であり、自然の中で毎日遊ぶことで自立心を養いあらゆることを学びます」と語るように、子ども達と自然との関わりの中に基本的な教育理念があります。それは1996年に設立された森の幼稚園バッド・リーベンチェル協会の以下の構想にも表されています(Ingrid Miklitz 2005 Der Waldkindergarten)。
1.四季の移り変わりを体感
2.運動発達を刺激する多様性
3.人間として五感の成長発達
4.のびのびとした心身発達による個性
5.望むままに留まることができる時間感覚
6.自然の素材からファンタジーの世界が広がる
7.全体的な教育
8.自然の静けさ
9.火・土・水と空気
10.社会性の教育
11.子どもの態度や行動
12.健康
これには自然環境の中で日々子ども達が体験することによって、一人ひとりの子どもの可能性を広げるという趣旨が掲げられています。
そこで、この幼稚園に子どもを通わせている現在育児休暇中の父親にお話を伺うと、「自分は田舎で育ったので、子どもが小さなときには自然の中で遊ぶ時間を長くもってもらいたい。それが原体験になると思うし、小学校に入学すると10年間は椅子にすわることになるので、その前にのびのび自由に動き回っていろんな発見がきる自然を経験させたい」、「強い雨や嵐の日は親同士が電話リストで事前に連絡を取り合い、保護者同士での横のネットワークや先生達とも一緒に子育てをしている感覚がある」と感想を述べていました。
森の幼稚園を訪れる保護者の多くは、子どもは自然環境の中で過ごし、健康な心身と自立心や想像力を伸ばしたいと希望しています。
カトリン・モルダー園長のお話では、最近の子どもは一般的に心身が脆弱になってきており、多動や注意が散漫な子どもが多いので、親は事故やケガを心配します。しかし、他の幼稚園に比べて森の幼稚園は危険が多いということはなく、発達に遅れがある子どもでも2週間くらいで体のバランス感覚や他の子との協調性が養われ、どの子も遊びをとおして感性が豊かになり集中力、敏捷性や柔軟性が自然に身についていくのは自然環境の力動性とのことでした。
ドイツ人はエコロジカルな生き方を志向している家族が多いという印象があります。徹底したエコライフを実践する強い意志と確かな行動力を持ち合わせているそんな国民性に「森の幼稚園」の理念構想は受け入れられる土壌があるように思えました。