【第12回】日本語を教えるボランティアの地域支援活動

執筆者: 山岡 テイ (情報教育研究所所長)

 日本に住む外国人や多文化な親子はどこで、日本語を学んでいるのでしょうか。子ども達は園や学校などで友達と接して、会話力がついていきますが、一方、親のほうは、なかなか時間も費用も捻出できず、日本語能力がつきにくいのが現状です。そのような親達に身近な日常会話や生きた情報を得るための日本語を教える支援活動が、地域の国際交流協会やボランティア団体による日本語教室で行われています。

今回は「さいたま日本語の会」のボランティア活動を通して、日本語教育の内外の諸事情をレポートします。

☆経験豊富なスタッフが集う「さいたま日本語の会」
埼玉県の南東部に位置するさいたま市は、平成13年5月に旧浦和・大宮・与野の3市が合併して誕生し、現在の人口は105万人を超える県庁所在地です。さいたま市に住む外国人は増加しており、地域によってはアジア系や中国からの帰国児が集中している所や、埼玉大学がある学区では短期滞在の学生・研究者の子ども達が園や学校へ通っています。市内には在校生の1割が帰国・外国籍の児童という小学校もあり、国際化推進センター校や研究協力校という小中校があります。 一時期多かったブラジル人家族は工場移転によって減少しましたが、多国籍なアジア人を中心とした家族が暮らしています。
彼らが日本語を地域で身近に学べる場を見学するために、JR大宮駅から徒歩5分の「さいたま市立生涯学習総合センター」で、土曜日の14:00から16:00まで開かれている「さいたま日本語の会」の日本語教室を訪ねました。 7階のセンター入り口には催し物や教室をガイドするリーフレットが置かれていました。その中にあった「さいたま日本語の会」の案内には、日本語・英語・中国語・ポルトガル語・スペイン語で、この日本語教室の説明とそれぞれの言語で対応してくれるメンバーの受付電話番号が書かれていました。 このことからも、この会が、いろいろな言語が話せる方達で構成されていることがわかりました。お話を伺うと会長の雨宮邦子さんをはじめとして、多くのメンバーがペルー・スペイン・ブラジル・アメリカ・中国・香港などさまざまな言語圏の滞在体験者。 母親として現地での出産や子育てを経験し、その後はお子さん達の帰国子女としての適応の問題に当事者として関わってきたわけです。 それらの実体験が日本で生活しながら日本語を学ぶ外国人や多文化な親子への援助の貴重な基盤になっていると思われます。
「さいたま日本語の会」が結成された経緯としては、一般の外国人を対象にした行政による日本語指導がまだまだ足りないことや公立校での日本語の取り出し授業だけでは十分ではないことをメンバーが実感していたことがあげられます。 活動目的・内容は、「日本語教室の開催、児童・生徒の学習支援、日本語指導者の研修、交流会」などですが、会の立ち上げは2002年の10月、翌年の6月から実際の活動を始めました。このセンターを拠点に活動し始めたのは、この5月から

です。人材が揃っていても場所の確保は、どのボランティア団体にとっても共通の悩みのようです。生涯学習総合センターの吉田勉さんのお話では、さいたま市には53の公民館がありますが、公共性のある民間の日本語ボランティア団体を支援するために、いくつかの公民館では12の日本語教室に場所を提供しているそうです。 また、将来的には、これらの団体との交流も計りたいとのことでした。

今年度「さいたま日本語の会」では、公募による助成金を得ることができました。それをさらに指導能力を高めるための研修費として専門教材を購入して、教室での指導に生かしていきたいと今後の活動に意欲を燃やしていました。

☆日本語指導の現場では
 会のメンバーの特徴は、ほとんどの先生が海外滞在経験者であること。そして、現在、もしくはいままでに教育委員会から小中学校で学ぶ外国人生徒へ日本語教育のために派遣された経験がある人が多いことでした。 そのため大人だけではなくて、子ども達の学習言語を指導することにも慣れていました。
当日の参加者で日本人の夫をもつ中国人の母親は、「ここでは一人ひとりが名札をつけて、きちんと先生がこの人を担当して見守るという感じで、責任をもってくれるので、積み重ねて勉強していけます。 言葉を習ってほんとうに身につけるためには、宿題や予習を続けないといけないと思う」、「小さい子どもを連れてきても先生が面倒をみてくれるので、安心して習うことができます」と真摯な姿勢で取り組んでいました。 また、同じように日本人と結婚をした歌手志望というフィリピン人の女性は、「家では日本語を使っています。日本語はテレビを見て覚えます。でも、ひらがなはいいけど漢字はとてもむずかしい。 ここの先生は英語が上手なので、わからないとき英語で教えてくれる。とてもわかりやすい」と語っていました。

この日、子連れで来た中国人の母親を教えていた内田美子さんにお話を伺いました。彼女は夫の仕事の関係で当時3歳と6歳のお子さんも一緒に中国に2年間滞在した経験があります。

そのときに、長男が通った現地校の担任の先生が「この子の中国語は私にお任せください」と力強く言って引き受けてくれたとか。 そして、その当時のことを、彼女が学校の現場やこの会で日本語を子ども達に教えるときにときどき思い出すことがあるそうです。 「学校では、来日してすぐの子どもに日本語を1週間に2回2時間ずつ、ほぼ1年間教えます。級友の国語や社会科の時間と並行して別室で数人を一緒に教えることが多いです。子ども達が教室に戻ったときの授業で、 わからないことがあったら、手をあげて”先生!”と聞けるような日本語の力と自信を持てるように指導しているつもりです。」、「習得度は個人差がありますが、親が積極的に町内会や学校の行事に参加しようとか、子どもの教材にも興味をもって意欲的な場合は、子どもの上達が早くて、よく伸びる傾向がありますね。」内田さんは、学齢期の子どもを伴って長期滞在している多くの親に接していると、子どもの教育のサポートには、 親の関心や働きかけが重要だと痛感するそうです。
また、同じく、メンバーの逸見裕子さんは、「数学ひとつをとっても、どこで立ち止まっているのかを見つけて、そこにもどって教えてあげると、スーッとわかるときもあります。子ども達の背中をちょっと押すだけで、あとは自力で進めるように心がけていますが、1週間に2時間で、自分がどこまで援助できるか、どのように応じてあげられるかは正直わからないし、実際のところ微力だと思う。でも、やる気のある人は点を線につなげるように予習や復習をしてくるし、この時間だけでも学ぶために参加する人もいるので、それぞれ個別のニーズに合わせて柔軟性をもって対応することが必要ですね」と語っていました。

多文化な背景をもつ親を対象に私達が行った「多文化子育て調査」の結果では、親自身が日本社会や職場に適応することで忙しく、子どもの教育に配慮する時間が取りにくい現状が明らかになりました。そして、子どもが友達や教師に心の内を伝える言語が十分ではない不安定な学校生活を送っていても、親は思いやる余裕がない厳しい実状が多いようです。

とくに、小学校の高学年や中学校の思春期になったときには、言葉に不自由がない日本人の子どもであっても、親はどのように対応するかがむずかしい時期になります。学校現場やまわりで関わるさまざまな人達が、多文化な家庭に育つ子どもが置かれている状況への理解を深めながら、それぞれができることで手助けしていくことが支援の輪を広げる第一歩になっていくのではと思われます。その意味からも、幼児を抱える親子にとっては園の先生や母子保健関係者、就学児がいる家庭では、学校の教師や日本語教育の専門家達、地域の国際交流協会などボランティアの方達の最前線での活躍が今後も期待されます。

ところで、埼玉県国際交流協会では、埼玉県を走るJRや各私鉄線に沿って最寄りの所在地を検索できるようにと、埼玉日本語教室マップを作成してホームページで公開しています。このマップには埼玉県下の日本語教室のすべてが網羅されているわけではありませんが、さいたま市内の浦和区と大宮区だけでも20ヵ所もの開催場所で日本語教室グループの活動案内が載っています。 それぞれが異なった曜日や時間、独自の特徴をもって運営しているために、参加者である外国人達の間では、いくつかの教室を渡り歩き、複数の教室をかけ持ちした結果の評価を聞かせてくれた人達もいました。そして、これらの口コミが結構役に立つ情報を提供してくれます。

私自身も海外で生活していたときには、各種ボランティアの語学教室や学校を取材もかねて回りました。外国人が系統的に現地語を学ぶには大学や語学学校に入学するのが王道でしょう。しかし、家事や育児でまとまった時間がとれない、試験や費用の問題などを考えますと、地域コミュニティで教えてくれるボランティアやロー・コストの語学教室は多文化な家族の強い味方といえましょう。そのためにも、国や行政、財団がいままで以上に、民間の日本語教師への専門教育、日本語教室への開発教材の援助などを提供して、確かなプログラム・メソッドに裏づけされた日本語教育システムを普及させて欲しいと思います。

☆日本語を教えるまでのプロセス

この日本語教室を訪問したときに、若い女性が指導者として会に参加したいと見学に来ていました。彼女は、“420時間”の課程は修了していますということを話していました。
それで、日本語を教えるための専門的なトレーニングはどこで、どのように受けてきたのかをメンバーの方達に伺いました。この会には国文学科卒業者や(財)海外技術者研修協会で専門的な語学のトレーナー経験があり日本語教科書を作成していた人もいました。そして、日本語教育のボランティアをする以前に民間の日本語教師養成学校のコース・ワークを修了していることが多いのが実状でした。
全国日本語学校データベースによりますと、(財)日本語教育振興協会の認定校が全国には400校以上あり、東京都内だけでも161校、その内、新宿区が37校で豊島区が13校あるそうです。http://www.aikgroup.co.jp/j-school/japanese/
そこで、その一つである「日本語教師養成講座」を開設している高田馬場の「千駄ヶ谷日本語教育研究所」を訪ねました。http://www.jp-sji.org/jp/
この研究所では、すでに、養成講座修了者をおよそ7,000人も世に送り出しています。また、併設する「千駄ヶ谷日本語学校」からは、いままでに通算して15,000人以上の外国人が日本語コースを修了しているとか。
「日本語教師養成講座」では、日本語教育の基本的知識と技能を身につける「本科200時間課程」と専門的な知識と技能の「専科220時間」からなる総合420時間課程を開設しているそうです。この420時間は日本語教師になるのに最低限必要な時間の目安として通用していますが、時代は実力のある日本語教師を要求しているので、さらに、検定試験を受けることや実際の教育場面での研鑽が必要とされているようです。 研究所のホームページのQ&Aには、「日本語教師に向いている人って、どんなタイプですか」というよくある質問に対して、「偏見のない人、人とコミュニケーションが円滑に取れる人、自分の意思や考えを持っている人、忍耐力のある人、相手の気持ちを推し量れる人、感情のコントロールができる人」と回答されていました。これはグローバル時代の多文化教育に必要な人材も同じですね。
この研究所で日本語教師養成講座の「国際関係」の講師を自ら務めておられる吉岡正毅理事長は、「これから日本語教育は多様化してくるので、それに対応できるように、学校に日本語教育ができる教師を正式に採用していただきたい。現況では外国から来て日本の学校に入学する子ども達の言語教育が中途半端な状態で終わってしまいます」と国策としての言語教育の必要性を力説していました。
第8回「地域に根づくアメリカでのIBO公立小学校」でご紹介しましたが、多文化な子どもが多いこの学校の国語(英語)の時間には、言語療法士、言語教育を研究している先生やアシスタントが複数で子ども達一人ひとりの総合的な言語習得能力を複眼的に見守っていました。日本でも上記のさいたま市の国際化推進センター校・七里小学校のように多文化な子どもが多い学校ではモデルケースとして国際理解教育を展開し、JSL(Japanese as a second language) のクラスを設けるなど、行政が独自の対応策を講じています。これからは多文化な家族が多く住む地域では、子どものための日本語センターの開設やJSLのある学校の設置、行政と民間の日本語ボランティア教師との連携で柔軟性のある日本語教育プログラムの実施などが期待されています。

☆日本国内と海外での日本語教育支援
  さいたま市浦和区には、国際交流基金(ジャパンファウンデーション)の附属機関の日本語国際センターがあります。http://www.jpf.go.jp/j/urawa/
センターの事業内容としては、大きく分類して、
1.海外日本語教師の養成および研修

2.日本語教材の開発・作成および寄贈
[1]日本語教材の開発・制作と版権譲渡、[2]海外における教材の開発と出版に対する支援、[3]日本語教材の寄贈) があります。
制作教材の一覧は、日本語国際センターのホームページでも閲覧できます。

この施設には研修室や図書館、スタジオ、LL教室、ホールなどの他に海外からの研修者や招聘者用に宿泊施設も完備されています。

ちょうど韓国の高校で日本語を教えている教員50人が1ヵ月に渡る日本語研修プログラム参加のために来日しており、研修室では講義の最中でした。
研修プログラムはAV教材を駆使して、日本語教授法、生活文化、東京・埼玉探訪、高校生活、伝統芸能の講義の他に希望者はホームスティもあるなど盛り沢山な内容のようでした。
センターに伺ったときに、日本語国際センターの日本語教育フェローとしてエジプトから来日しているアーデルアミン・サーレさんがスタジオの調整室で、スタジオ技術者の門上晋一郎さんとサーレさんが撮影してきた 日本語教材用のビデオを編集していました。
サーレさんはカイロ大学で日本文化論と日本語を教えています。いま、ここでは、学習者が興味をもって理解しやすい内容のトピックス(たとえば、アイコンタクト・機械のようなルール社会・時間の測り方・沈黙の世界・鋭さと鈍さ・貿易とキリスト教など)を取り上げて、「非漢字学習者向け」の教材開発の作業を行いながら、その文化背景を提示できるビデオ教材を製作中です。

たとえば、エジプト人は信号を守らないけれど、日本人は守って運転や歩行をする様子を見せるとか。日本人独特の販売法である「おせんにキャラメル」というような浅草の仲見世の代表的なお店に行き、サーレさんが素朴な質問をする。

また、新幹線では1964年の開業以来行ってきた車内販売のアナウンスを縮小して、乗客と「アイコンタクト」によるコミュニケーションで購入の意思を確認してから、 販売のアプローチをしています。

その様子を販売員の細かな目の動きを追って、門上さんと編集の打ち合わせをしていたサーレさん。 「エジプトをはじめ、非漢字学習者が使える独自の日本語の教材を本格的に作りたい」という熱意で何十本ものビデオ制作に没頭していました。 ちなみに、偶然にもサーレさんの妻も「さいたま日本語の会」の日本語教室に、週1回通っていると聞きました。

ところで、国際交流基金が2003年度に行った「海外日本語教育機関調査」によると、世界の127カ国・地域で約235万人が日本語を学習しており、もっとも多いのは韓国の894,131人で37.9%、2番目は中国の387,924人で16.5%、 3位はオーストラリアの38,1954人16.2%と上位

3位で7割を占めています。以下、米国、台湾、インドネシア、タイ、ニュージーランドと続き、前回の1998年度と比べると、この5年間に学習機関数は11.8%、教師数は20.0%、学習者数は12.1%増加しています。
国際交流基金は、学術、日本研究、日本語教育、芸術から生活文化までの幅広い国際的な文化交流を主要事業内容としており、その一環として海外での日本語教育を支援・推進するための専門家を世界各地へと派遣しています。その日本語教育専門家の一人である江頭由美さんと、今年の8月にニュージーランドで7年ぶりに再会しました。彼女はオーストラリアでは大学で日本語を教えていました。現在はニュージーランドで、日本語教育を推進するために学校を回って具体的に使える教材づくりのアドバイスをしたり、教師や学生が良い教材を作っていたら紹介したりもしています。いわば、日本語教育の総合的なオルガナイザーの役割です。オークランドを中心に各地を駆け巡っていました。
8月末から9月初めにかけて、日本語を学ぶ高校生や大学生達を対象とした日本語スピーチコンテストが開催されて、結果はアジア系の学生が上位を占めていました。日本にいても日本語検定試験の1級を取得して大学や大学院に留学してくる学生は圧倒的に韓国人や中国人が多いのが現状です。上記の調査結果で、オーストラリアは日本語学習者が世界3位になっているのは、オーストラリアでは言語教育が充実しており、小学校から日本語を学ぶ子ども達が多い背景があります。(参照:第3回「多文化な子どものための英語センター」)同じオセアニアでもニュージーランドでは、外国語は必修ではありません。
ニュージーランドの中でもアジア系の日本語学習者が多い傾向を江頭さんは、「漢字文化圏の学習者には日本に対する親しみがあり、また、ニュージーランドに住む異文化出身者として外国語が大切だという認識があること。つぎに 韓国語学習者にとっては文法構造の近い日本語はわかりやすいし、また漢字文化圏出身者には漢字の学習にかける時間が英語圏の学生に比べて少なくてすむことがあげられますが、かといっても日本語学習はアジア人にとっても相当の努力を要するものであると思います。さらに、日本語のカリキュラムが他の外国語に比べて盛りだくさんでむずかしく、高い点数がとりにくい。また、外国語は一般的に点数がとりにくいこともネックになっていると思われます。そのため、高成績をとって良い大学、学部に進みたい学生は、高校の上級生になって日本語をやめて点数のとりやすい他の科目を選んでしまうことが多いのではないでしょうか」と、現地で多くの日本語教育体験をとおして語っていました。
この8月にはウェリントンのビクトリア大学で日本語を学ぶ学生達と話す機会がありました。彼らに日本語を専攻するようになったきっかけを聞くと、多くの学生から「日本語を教えてくれた先生が良い先生で日本語を学ぶのがおもしろかった」と同じような答が返ってきました。

江頭さんの言葉にも、「優秀な日本語学習者や学生が育つ所には必ず素晴らしい先生がいる」とありました。語学を教えることは、他の習い事に比べて教える側の経験や人柄、そして情熱が直接的に伝わるからでしょう。そのためには、あたたかな人間性と専門的な言語能力の両方を兼ね備えた未来の日本語教師が培われるような、日本社会や家庭、教育機関を私達一人ひとりが目指したいものです。

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