【第9回】アメリカの0歳からの地域での教育支援

執筆者: 山岡 テイ (情報教育研究所所長)

多文化の歴史が長い国では、ひとつの市町村の中でも民族や社会経済的階層によって居住地域が異なる「棲み分け」がなされています。そして、社会的援助を必要とする難民や移民が多く住む地域での教育支援には教育の専門家達だけではなくて、多くのボランティアや学生が連携しながら活躍しているのが特徴的です。今回は2002年の冬季オリンピック開催地ソルトレークシティの

グアダルーペ・スクールズを訪問して、その0歳児から保護者も含めた家族全体への教育支援活動をご紹介します。

☆オルタナーティヴ・スクールの特徴
 今回訪れた学校は、少し特殊な分類になりますが、「オルタナーティヴ・スクール(Alternative School)」といって、養護学校などの「スペシャル・スクール」と近所の小学校「レギュラー・スクール」の中間に位置づけられます。日本では、「もうひとつの(選択肢の)学校」というと、フリースクールのイメージが定着しつつありますが、この学校は、「移行期の学校」とか「準備のための学校」とでもいうようなユニークな存在です。
グアダルーペ・スクールズは、1966年にソルトレークシティのウエストサイドに設立されました。この地域には、教育的援助を必要としている子ども達や経済的困窮度が高い難民や移民の家族が集中的に住んでいます。
この学校では、ELC(the Early Learning Center )とVIP(the Voluntary Improvement Program)の2つの教育プログラムを用いて、地域に居住する多様な背景の家族に向けて、必要な教育を提供するために無償で門戸を開いています。財源の86%はコミュニティ寄付で賄っている他にもサポート機関や組織と提携協働しながら運営しています。
教育対象は、経済的に恵まれない家庭の0歳の新生児から、英語が話せないために日々の生活に困る緊急度の高い大人達までをカバーしています。とはいっても、すべての年代がこの学校の対象ではなくて、乳幼児と大人が対象の中心です。0~3歳未満児には、専門の教育者が家庭訪問教育サービスを行い、1歳以上は保育センターに通う子もいますし、3~9歳児は学校に通学します。そして、夜は学校施設を使って、大人のための英語学校が開講されています。つまり、英語能力が十分ではない地域の住民のために、昼間は0歳から小学校3年までの教育をして、夜は大人のための英語教育を提供している総合的な学校組織なのです。
もう少し詳細に学校概要を説明しますと、90人が定員の0~3歳未満児を対象にした「家庭を基盤にしたプリスクール」というのは、訓練を受けた教育者による家庭訪問教育サービスが中心です。つぎに、1~3歳児の中には、「幼児教育・保育センター」にボランティアの保護者とともに1週間に20時間通園している子ども達も20人います。
3歳以上からは、「学校を基盤にしたプリスクール」で、3歳児クラスは、1週間に12時間通学して、読み書き能力の準備教育や社会性を養います。4歳児クラスになると、読み書き能力の強化に重点が置かれます。3歳児は午前中、4歳児は午後に登校します。5歳児クラスは「キンダーガーデン」、6~9歳はそれぞれ「第1学年から第3学年」になり、初等教育学習に特化されます。
プリスクールから第3学年までの定員は各25人ですが、昨年度は、第1学年が23名で148人が全通学生数でした。各クラスの子どもの年齢はひとつの目安で、子ども一人ひとりの能力に合ったクラスに通うことになります。
この学校に通う子どもの親達は英語を話せない家庭が大半を占め、さまざまな事情から子どもに教育的な配慮ができないことも多いのが実状です。従って、生後間もない時期から学校が中心になり、子ども達の読み書きや計算能力、社会性や協調性などを育成する段階的な幼児教育プログラムが用いられています。
成育環境から英語の読み書き能力が育たなかった子ども達でも、3年生までここに通い、そのあとは、地域の小学校へと編入学していけるように授業が構成されています。そのため、地域の大勢の親達が子どもをグアダルーペ・スクールズに通学させたいと希望しており、常に欠員補充リストには多くの順番待ちが並んでいます。

また、ここを卒業して、その後、州立大学や有名大学に進んだ先輩達も出てきて、後輩達の学習の目標や励みにもなっているようです。

 ☆0~3歳までの家庭訪問教育サービス
 いくつも提供されている教育活動の中から、まずは、家庭訪問教育サービスに同行してみました。家庭訪問教育を専門に担当している先生と車で一緒に出かけた家では、1歳9ヵ月になるスパニシュ系の男の子がお母さんと待っていました。
お母さんも加わって、大きなレゴのようなブロックをつないで遊びながら、色や形を学んでいきます。お気に入りの絵本の読み聞かせをして、先生は前に読んだときとの反応を比べていました。

この家庭訪問は週に1回で1時間。2001-2002年の実績では、90人定員の内訳は新生児が15人、1歳児22人、2歳児25人、3歳児が24人で学期中にやめた子どもは6人いますが、欠員待ちリストには30人が名前を連ねていました。
今回、ご一緒したマギー先生は家庭訪問教育サービスの担当を7年間続けているとか。彼女は最初の1年は学校でプリスクールのクラス担任をしていましたが、現在は家庭訪問教育の専任で、毎週15人を受け持ち、1日3人平均で巡回しています。
「保護者にもいろんなタイプの人がいて、最初は理解が得られないことも多いし、祖父母や叔母さんが面倒をみていて、協力的でないこともあるのです。でも、子どもは、徐々に慣れてきて楽しみに待っていてくれていると嬉しいです。親のほうが一緒に学ぼうという意欲があると、子どもも伸びますね。約束の時間に行くとお昼寝中とか、落ち着かなくて全然遊べないこともありますよ」と語っていました。
私が数年前に、この学校を訪れたときにも別の先生がたの家庭訪問教育サービスに同行させてもらいました。その時も、行く先々によって同じくらいの月齢であっても子どもの個性や能力、その日の体調で、遊びが広がるときもあれば、気が散って進まないこともありました。多くの場合、つぎの週まで家で遊べるようにと、絵本やおもちゃなどの知育教材はそのまま置いていきます。また、定期的に発達段階や教育効果を測るテストも行われており、将来は小学校で一緒に机を並べる予定である市内の子ども達と同じ統一テストを行い比較検討しています。
就園前の多文化な子ども達への家庭訪問教育は、家にいる母親への出張教育も兼ねることにもなるので、日本の多文化子育て支援にも参考になる方法だと思いました。

 ☆生徒同士が相互自助し合うプログラム
 つぎにご紹介するのは、プリスクールのスケジュールです。
◆3歳児クラス
9:00 – 9:10  読書の自習
9:10 – 9:35  手洗い後、朝食
9:35-10:05  歯磨きと外遊び
10:05-10:15 集団学習(読み聞かせ、音読、書き方練習など)
10:15-11:00 会話の学習
11:00       片づけ
11:10-11:30 音楽や動作を伴った繰り返し相互学習
11:30-11:40 軽食と下校の準備
◆4歳児クラス
1:00-1:10 読書の自習
1:10-1:25 集団学習と音読(本、詩、わらべ歌など)
1:25-1:45 手洗い後、昼食
1:45-2:15 歯磨き、外遊び
2:15-2:35 集団学習(読み聞かせ、音読、書き方練習など)
2:35-3:40 会話の学習
3:40-3:55 片づけ、軽食用意
3:55-4:10 軽食、片づけ、書き方独習

他の小学校のプリスクールに比べると、3歳児クラスも4歳児クラスも基本的な読み書き能力を養うことに力点が置かれていることがわかります。
教室の壁には、スペイン語と英語の2言語で書かれた単語や文章などが所狭しと貼られています。生徒の半分以上がスパニシュ系というこの学校では、バイリンガル教育が必須条件です。
25人の3歳児クラスは4人の先生が担当しており、保護者にも授業への参加を呼びかけています。毎日、違う保護者が授業参観をしながら、お手伝いをしています。
子ども達のほうが保護者より英語が早く上達するので、保護者は刺激を受けて、夜の大人のための英語コースに通い始めた人もいるそうです。
3歳児クラスの担任であるパティ・ティノコ先生自身も、成育環境がすべてスペイン語であったために、学校の教科を英語で学ぶのにとても苦労したそうです。それで、学校が用いているメソッドに加えて、ご自分の体験を生かした教え方を工夫しているとか。「自分が小さなときに得られなかった言語獲得のために必要な大事な基礎部分を、いま教えながら失ったものを取り返しているような感じがします」
また、担当の先生がたが協力して、子ども達の写真や作品を一人ずつファイル保存して、PTAのときに見せて、子ども達の成長を保護者とともに共有できるのがなによりの楽しみだそうです。
そして、「子ども達に絵本の読み聞かせをしているときに、子どもがイメージを広げている顔の表情やキラキラした瞳を見るのが大好き!」とも語っていました。
私は4年前と昨年この学校を訪ねて、それぞれしばらく滞在して毎日学校に通いました。子ども達も先生も変わり、教育メソッドも効果をあげており改良されていたのですが、全体の印象としては、子ども達や先生、そしてスタッフからも自信に満ちた楽しい様子が伝わってきました。

園や学校を訪ねるたびに、ほんとうに園や学校は有機体だと感じます。子どもや先生、組織が健康に動いているときは、建物に一歩足を踏み入れたときから、そのエネルギーが伝わってきます。その反対の場合も残念ながらあるようです。生き生きした園や学校に行くと、どんなにハードなスケジュールであっても、元気をもらえて嬉しくなります。
さて、2階の廊下では、少しずつ離れた場所にいくつか小さな机を配置してあり、1年生が先生と1対1でレッスンを受けています。トランプのような言葉カードを裏側にしておき、それをめくって読ませています。「bug」が読めなかったので、「最初はb、真中はu、最後はg」と区切って教えていきます。1人20分ずつで、つぎの子どもに交代します。元教師のボランティアの人が数学を個人教授をして、学校の専門のスタッフの他にも大勢の人達がこの学校を支えています。
小さな教室を覗いてみると、そこでは、2年生の子が1年生の子に1対1で言葉のつづり方を教えていました。お姉ちゃんが弟に勉強を教えているという感じですが、わからないときは、すぐに教えないで、いろいろ思い出せるようにクイズのようにヒントを与えたり、そのあとはやさしい単語を出して、できるとほめてあげたりと、なかなかじょうずに教えていました。
また、食堂では、上級生がプリスクールの子ども達用のために食事の配膳をしていました。一人の調理師が朝食や昼食、軽食を150人分も用意するのですから、お手伝いの生徒は大切な役割を果たしています。
「この学校は、ひとつのポリシーや哲学に基づいて運営されているのではなくて、試行錯誤しながら、その時点で良かれという方法を導入している」と学校組織全体の責任者であるDr.マイク・アルブリトンは言います。
そして、昼間の学校の校長であるパティ・ウオーカー先生は、「基本的には子どもの発達を促す良質のプログラムを効果的に生かせる教授法を心がけています。そのために、関連の研究結果を読んだり、言語の専門家と協働したり、6ヵ月ごとに子ども達をテスト評価しています。先生がたはとても研究熱心ですし、プログラムがうまくいくように努めて工夫してくれます。子ども達にも習うだけではなくて、参加意識をもたせて、上級生には自分も下級生の役に立っているという自尊感情がもてる場面を作ってあげています」と語っていました。

☆ボランティアが大活躍のイヴニング・クラス
 2003年には、「Community Builder Award」を受賞したグアダルーペ・スクールズを、マイク先生は、「校門は3時半に閉まるのではなくて9時半まで延々と続く学校」と表現していました。
学校の施設は夕方からは、年間500人近くが利用するVIPシステムによる英語教育のセンターに変わります。
毎週火曜と木曜の夜7時から9時半まで、100人以上の参加者がボランテイアの講師から英語教育を受けています。英会話が中心ですが、個人の能力や言語精通度に合わせて、それは多彩な教授内容が用意されています。
1978年ごろから本格的に開始されたこのプログラムは、ソルトレイクシティでも注目されているイブニング・クラスです。英語能力が十分ではない人達を対象にしたボランティアの会話教室は他にもありますが、ここの特徴は、参加者のニーズに合った個別対応した教育援助が行き届き、地域ぐるみのサポートが充実していることです。
参加希望者のリストには常時100人以上が待機しており、半年近く待つ人もいるそうです。まず、最初に口頭試験をして、その人に合ったクラスや個人教授が始まります。この地域には、スパニッシュ系移民やインドシナからの難民が多く住んでおり、彼らが毎日の生活で使う会話力をつけることが当初の目的でした。
昼間は子ども達が使っていた机や小さなイスを並び変えて、それぞれの講師と向かい合うために、廊下や階段の踊り場にもあちこちコーナーができていきます。
私も中級クラスのグループ・レッスンに参加させてもらいました。これが結構おもしろいテーマでした。“スペイン人の名前の女性が台所の窓越しに外のでき事を目撃する。その光景とは、車に乗っている男に別のあやしい男が近づいてなにかしている(ドラッグを売っている?)ようだ。すぐに、警察に通報するが、警官が到着したときには彼らはもういなくなっていた。その後、夫が帰宅して話をすると、二度と警察に連絡はしないように、自分達は関わりになってはいけないと怒り出す”というシリアスな設定の話でした。

授業はその題材を要約し、内容の質問に答えていくのですが、「あなたならどうするか?」とか「どうして夫は怒ったのか?」とか講師の先生は、アメリカ社会や市民感情を参加者達がどのようにとらえているのかを皆で話合っていくことにも重点を置いていました。
さらに、個人的に仕事を探しているので、履歴書の書き方や面接の模擬試験を希望している人は、1対1で個人的な指導をしてもらえます。
また、この学校へのボランティアの種類や内容はじつに豊富。週末や短時間のボランティアを希望する人は、通訳兼適切なお店ガイドとして買い物に同行もします。イヴニング・クラスの途中に入るお茶の時間のお菓子を提供するお店、学校の乗り物用ガソリン、衣類やおもちゃ、教材などを提供寄付してくれる会社もあります。高校生や大学生の学生ボランティアから国語や言語学の専門家、海外経験が長い主婦、引退した先生など講師の経歴や背景もさまざまです。ボランティア講師の一人であるユタ大学のマーシャル先生は、いま注目されている「service learning」の研究者です。サービス・ラーニングとは、学生の専攻に関係なく、いろいろな分野で実践をとおして学ぶことが必要とされているので、この科目のインターンシップのようなかたちで、ボランティアに参加している学生もいました。
イヴニング・クラスでVIPプログラムの責任者であるジュディ・コーエン先生は、「常駐のスタッフは自分を含めて4人ですが、80人の講師が100人くらいに教えています。火曜と木曜はそれぞれ違う講師が来ていますが、何人かは両方の曜日に来ていて、一人ひとりを決まった先生が最初から受け持って成長を見守っています」と説明していました。
その日、ジュディはアメリカの市民権を取るために勉強している参加者のために、本番さながらの緊張した模擬試験の練習をしていました。いままで、アメリカの歴史や必要な勉強を宿題として準備してきてもらっていたようです。
以前は彼女の生徒だったというボスニアから来た男性は、現在は、このイヴニング・クラスに参加する人達をスクール・バスでピックアップするアルバイトをしています。
「ジュディは、ほんとにいい先生で、最初自分が英語をほとんど話せなかったときにも、ゆっくり待ってくれて、こちらが話したいと思う気持を理解してくれた」と話していました。
ジュディは言語学と文学の専門家ですが、とてもじょうずな聞き手です。彼女と私は、7年前にオーストラリアに住んだときに偶然にもお隣り同士になって知り合いました。彼女はアメリカでは、長年の間、言語障害をもつ学生や英語を話せない人達を対象に英語を教える仕事を続けてきました。ジュディは、クラスの現状について、
「このプログラムが支持されているのは、いくつか理由があると思います。まず、決まった先生が決まったグループに責任をもって一貫して教えていること。さらに、火曜と木曜には異なった先生が異なった方法で同じ内容を教えてくれるので、違う側面も理解できること。受講生は最初にテストを受けた後、4ヵ月に一度ずつ、どのくらい上達したかを測るテストをして、それをもとに個人的な指導をしていることも生きているのでしょうね」と分析しています。
イヴニング・クラスの参加者や関係者は夜9時半過ぎから10時前には全員が帰っていきました。各クラスの消灯をチェックした後、学校に鍵をかけてジュディと一緒に帰路につくときには、夜空に満天の星が輝き「グアダルーペ・スクールズ」での長い1日がやっと終ろうとしていました。

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