【第8回】地域に根づくアメリカでのIBO公立小学校
執筆者: 山岡 テイ (情報教育研究所所長)
アメリカ合衆国は先住民をはじめとして、多くの民族や文化が共存している国です。そして、それらの多文化な背景を反映して各保育・教育施設ごとに、さまざまな教育プログラムが、国・州・市町村・居住地域レベルで独自に実施されています。
そこで、今回は首都ワシントンの隣町アーリントンにあるランドルフ小学校に滞在して、地域に根づくIBOプログラムによる多文化教育の実践の様子をご報告します。
☆IBOプログラムとは?
IBO(International Baccalaureate Organization):国際バカロレア協会とは、1968年に設立されたスイスのジュネーヴに本部を置く非営利の国際教育機関です。IBOには子どもの学齢に合わせて3段階の教育プログラムがあり、初等教育(PYP)は3~12歳が対象で、中等教育(MYP)は11~16歳、大学進学を目指すデプロマ教育(DIPLOMA:バカロレア学位取得)は16~18歳です。IBOの本部から認定校へは、英語、フランス語、スペイン語による総合的なカリキュラムや教師と生徒のための教材など包括的な支援が提供されます。http://www.ibo.org/
現在、世界の115カ国で1,293の学校が認定校となっており、日本にもPYPは2校、MYPは2校、DIPLOMAは7校で、合計11校がありますが、すべて私立校です。アメリカ合衆国では小学校から高校まで含めて472校で、その内訳は、PYPは23校、MYPは44校、DIPLOMAは405校で、州立校が大半を占めています。
IBO教育の理念を、初等教育プログラムから紹介すると、世界平和を目指す国際的な展望の中で、自分と異なった生活文化をもつさまざまな人達への深い理解と配慮を育てる。そのために、学校では日々のカリキュラムをとおして子ども達が感性と理性から学べる教材や環境づくりを行っているということです。 世界各国の認定校の統計では、初等教育校が最も少ない率を占めていますが、実際に小学校での実践例を見ると、このような基本的な人権に基づく教育プログラムを幼少時から行う意義は大きいように感じました。
☆ランドルフ小学校の特徴
ヴァージニア州のアーリントン市にある公立のランドルフ小学校を訪れたのは昨年10月の後半でした。ちょうど、ハローウィーンも近く、週末には学校の秋祭りが開催予定で、先生やPTAの役員はその準備に大忙しでした。飛行場から小学校に直行した私は、そのまま早朝から夜遅くまでの毎日を小学校に密着して過ごすことになりました。http://www.arlington.k12.va.us/schools/randolph/
ランドルフ小学校の学年は、プリスクール、キンダーガーデン、1年生から5年生までで構成されています。日本の教育制度を基準にしますと、アメリカでは、保育所が公立小学校の施設中に合併されているような感じがします。
まず、最初に校長のDr.キャッシー・パンフィルから、先生方やスタッフの皆さんを紹介していただき、校内を案内してもらいました。
プリスクールから5年生まで合わせて24クラスのほかに特別学級もあって、全校生徒数は450人、教職員数は80人以上です。巡回の非常勤講師やアシスタントやボランティアも含めると100人近くのスタッフが出入りしています。
非常勤の先生の中には、学校心理士、言語療法士、作業療法士、理学療法士、スクール・ソーシャルワーカー、特殊教育のコーディネーターなど専門家が多く、この学校が抱える生徒の多言語を背景とした言語への対応サポート層の厚さを示していました。
ランドルフ小学校へ通学している子ども達の家庭での使用言語は、英語以外が85%。その中でもっとも多いのは、スペイン語系で70%、アラビア語系15%で、残りは多種多様。全校生徒の10%以上がアフリカン・アメリカンですが、地域での子ども達の滞在年数も2週間前に移住してきた家族もいれば、二世や三世もいるとか。中国・韓国、インドなどのアジア系家族もいました。
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世界各地の時間を示す時計 | アメリカはすばらしい! 一人ひとり違うことを祝おう。 多文化・個性賛歌のポスター |
校内の廊下や教室の壁のあらゆる所に、IBOプログラムに基づく標語や教材が貼り出されています。「あなたの心の持ち方が、あなたのもっともパワフルな資源です」とか、思わず足を止める内容もありました。
世界地図やアメリカ合衆国の地図、世界の都市名が表示された現地時間の時計。 世界の中での自分の存在の確認、そして、人間としてどのような肯定的な態度を大切にして毎日生活をするかという具体的な12の標語が掲げられています。
それは、「感謝、創造性、誠実、責任、共感、尊敬、自信、熱意、好奇心、協力、独立心、寛容」で、友だちや先生、家族や周りの環境、さらには、学ぶことに対しても、これらがキーワードになっています。
子ども達にこれらの言葉が具体的に理解できて、ただの標語で終らないようにと生きた工夫や展開が見られます。たとえば、図書館では、12のキーワードと関連した内容テーマの絵本が展示されていて、子ども達だけではなくて、先生方の教材としても使われています。日本でもおなじみの絵本「スイミィー」は、「協力」の所に分類されてありました。7,500冊の蔵書の中には、日本の桃太郎など各国の童話や昔話のテープと絵本も豊富に用意されていました。
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図書館の展示: 12のキーワードを絵本で理解できるように |
アジアの絵本とテープ 日本の桃太郎 |
また、クラスの友だち同士がお互いの行動を観察していて、これらの12のキーワードを実際に行動できたと感じたときには、投書箱にそのキーワードと行動内容をメモして自分の名前も記入して報告するようにしています。そして、授業が終ると、校内放送をとおして当番クラスの子ども達の数人が、「今日、美術の時間に〇〇ちゃんは、友達の手伝いを自分から積極的にして協力的な態度が見られました」と読み上げるということもしています。
それでは、具体的な教室のプログラムをジュディ・ランドル先生の「キンダーガーデン」のクラスでご紹介しましょう。ランドル先生はこの小学校に41年の永年勤務をしており、ずっとキンダーガーデンを担当。ランドル先生のクラスには親子で学んだ家族もいるとか。この学校が歩んできた道のりを個人的な体験をとおして伺うこともできました。彼女はまるで学校の守り神のような存在でした。
先生の1週間の授業スケジュールでは、8時25分~45分の登校から3時の下校時間まで、曜日によって毎日内容が少しずつ変わります。水曜日は午前中だけですが、午後まで居残る子ども達は7割近くいるそうです。一般的には午前中に算数や美術、体育、図書館、音楽などが入り、昼食後は、読書、体育、スペイン語、ボキャブラリー・ゲームやリスニング・ゲームなど、英語の読み書きや数の力をつけるために創案されたゲーム感覚の授業が日替わりで行われていました。
担任はランドル先生ですが、芸術や体育など専門教科の先生が担当しますので、その間、担任の先生は教材づくりや事務など他の仕事ができます。言語関連の授業では、どの学年でも言語療法士の先生や言語教育を研究している先生方とアシスタントが複数で掛け合いのように授業を進める時間が設けられています。多言語の中で生活をする子ども達に、母語としての言語を確実に獲得させるのは、かなりむずかしいことだと改めて感じました。そして、ここでは、一人ひとりの子どもの言語発達の状態を早い時期から把握しておくために、いろいろな専門の先生方が複眼的に見守って授業を行っていました。
ところで、日本の小中学校ではスクール・カウンセラーや相談員、養護教員の先生が、あらゆる相談業務を一人で行う現状を多く見受けます。この学校では、進学ガイド、心理相談、言語や機能障害があるときには、それぞれの専門家が個別に対応し、内容によっては教員も含む編成チームで話し合い、ダイナミックに問題解決を進めていました。
日本でも外部の関連専門家や教員との連携プレーは行われていますが、もう少し細分化した専門家の養成と保育・教育現場への採用が必要な時期が到来していると思います。さらに、学内ミーティングや教育委員会主催の教員用研修会、先生同士の研究会などにも、いくつか参加させてもらう機会がありました。それらの結果、現在は、スペシャリスト養成と教育プログラムのテストなどによる客観的「評価」に力点が置かれている印象を受けました。
つぎに、夜間は日本の小学校と同様に父母や地域住民に対して、学校施設を開放して、いろいろなアフタースクール・プログラムが行われています。その中でも父母に英語を教える講座は盛況で、まったく読み書きができない人、話せても書けない人、まったく読み書きができない人から中級クラスまで、細かくクラス編成がされていました。
授業方法はボランティアの先生の持ち味が出ていて、とてもユニーク。たとえば、まったく英語が話せない入門編の人達に、「How are you?」という挨拶の答え方を教えるときに、ニコニコ・マークの丸い顔の絵を黒板に書いて、ニコニコな顔は「Good」で、つぎが「Fine」ふつうの顔は「まあまあ(So so)」、口角が下がっている顔「Bad」というように段階の絵を指さして答えてもらうなど、身振り手振りで楽しいクラスが連日行われていました。
アフタースクールの英語入門クラス ニコニコ・マークで表示
☆地域コミュニティとの固い結びつき
Dr.パンフィルは、1999年からランドルフ・スクールの校長になりました。それ以降、この小学校に新しい教育メソッドであるIBOプログラムを導入して、もうすぐ認定校として公認される予定です。そして、彼女は、つぎつぎに夢を実現するすばらしいアイディア・ウーマンでもあるようです。
地域の空き施設を活用して母親学級を開設したり、失業中や低所得世帯で多くの問題を抱えた家族の中で孤立する子ども達が放課後、遊びに集まれる場所を地域に確保しました。そこは、日本の学童クラブのような施設で、コンピュータを寄付してもらい、高学年の子が低学年の子にコンピュータを教えたり、子ども達が活躍できるいろいろな機会を多く設けています。
また、ホームレスの人達に生徒達が手作りのランチを定期的にサービスしたり、地域コミュニティに花を植えたり、小児病棟に入院している子ども達を訪ねて、自由に部屋を使えるようにしたなど、いくつもの良い隣人名誉賞などを学校が受賞しています。そのような積極的な働きかけが実って、地域の住民や父母が学校の行事や企画講座に参加することが増えてきました。
ところで、彼女のアイディアや実行力はどこからくるのでしょうか。それは彼女の個人的な経歴と密接に関係があると思います。
彼女は教育者であると同時に世界中を駆け巡った国際機関の公務員の妻であり、3人のお子さんの母で、3人のお孫さんの祖母でもあるのです。じつは、私の昔からの親しい友人でもあります。
でも、今回、はじめて彼女のプロフィールを詳しく尋ねた結果、多くの発見がありました。 彼女は大学卒業後には平和部隊(Peace Corps)に志願してベネズエラに行きました。その後も夫の転勤とともに、ガテマラ、エルサルバドル、アルゼンチン、ベネズエラ、タンザニアなどで暮らし、ロシア語・フランス語・スペイン語・スワヒリ語を流暢に話します。タンザニアに滞在しているときに、お子さんを通わせたインターナショナル・スクールでフランス語を教えていたのですが、ここでIBOプログラムに出合ったのです。
アメリカに戻ってからは、小中高の教育現場や官庁などで新しい多言語プログラムのシステム企画の仕事に携わっていました。この小学校に赴任してからは、タンザニアでの体験を生かして、スペイン語と英語のイマージョン教育や地域コミュニティに根ざした国際感覚が養われる教育を目ざして、IBOプログラム導入を関係機関の協力のもとに進めてきたのです。
「この地域には、いろいろな言語や複雑な家庭生活背景の子ども達が多いので、英語だけに慣れさせる教育ではなくて、多くの家族の母語であるスペイン語やアラビア語を話せる人を学校の中で働いてもらっています。そして、なにより地域に開放した学校づくりをコミュニティや学校の理事会が積極的に支援してくれたことが今日まで続けられた一番の理由です」と語っていました。
週末に開催された秋祭りの会場で、私がお手伝いをしたコーナーでご一緒した母親は、1997年にモロッコから移住してきたハリマ・ベンサーダさん。彼女はこの小学校のアスタースクールに通い続けて、トッフル試験では高得点、2003年8月には市民権も得ました。
アラビア語ができるので、トレーニングを受けて4年生のクラスのアシスタント教員もしています。この学校にはアルジェリア、モロッコ、スーダン出身の家族の子弟が通っています。
「私はイスラム教徒で、モロッコで学んだ第2外国語はフランス語でした。自分の宗教や育った国の文化はすばらしいと思うし、工事現場で働く夫とも3人の子どもには自国の文化や習慣はできるだけ伝えていきたいといつも話しています。でも、その一方で、いま住んでいる国の言葉や習慣を学ぶことも大事なので、この学校の教育方針にはとても共感しています」と熱く語っていました。
秋祭りの会場入り口
ハローウィーンのかぼちゃやかかしが歓迎。
手作りしおりを作る工作コーナー
ランドル先生の落ち葉シート作成コーナー
パンフィル校長と子ども達。
イベントに協力出演の消防隊員も
大人気で行列のエルサルバドル名物料理「ププサ」
いろいろな国の園や学校を訪れるたびに感じることがあります。たとえ施設や教材が立派ではなくても、そこで働く園長や保育士、校長や教員などの教育にかける情熱があれば、その思いは子ども達の表情をとおして伝わってきます。
それと、もうひとつ、今回の小学校の校長先生が経験した平和部隊でのボランティア活動。平和部隊(Peace Corps)といえば、この小学校の言語療法士のカーレン・ダーナー先生はこの道35年のベテランです。彼女もその平和部隊で1988~1990年にはジャマイカのプリスクールで言語療法士として働いた経験があるとか。平和部隊員として海外でのボランティア経験がある人達が現在のアメリカ合衆国の異文化交流や多文化理解教育を支えていると私が実感したのは、この学校での体験だけではないのです。いままで多くの国の教育現場で、各国の元平和部隊員に出会う機会があったからです。http://www.peacecorps.gov/
これからの日本の保育や教育現場で働こうという若い人材には、ぜひ、自分のいままでの価値観を見直し、確認できるようなボランティア活動やインターンシップでの仕事を日本国内や海外で体験していただければと願っています。若い人だけとは限りません。日本にはさまざまな種類のシニアボランティア制度もありますので、まずは、身近なできる範囲からの一歩をご一緒に始めてみませんか。