【第7回】ニュージーランドの多様な幼児教育と育児支援サービス
執筆者: 山岡 テイ (情報教育研究所所長)
先住民であるマオリ人の言語で、ニュージーランドのことは、「アオテアロア(白い長い雲がたなびく土地)」と呼ばれています。ニュージーランドは、縦長な北島と南島からなり、あらゆる公的な場所の標識や文書には、公用語の英語とマオリ語が併用表記されています。
このように言語と文化が共存するニュージーランドでは、マオリだけでなくて太平洋諸島出身の多文化な民族との共生や理解を幼児教育のカリキュラムにも積極的に取り入れています。
また、近年はアジア人の移民が急増して、出産・育児、教育の分野でのアジア人への対応が喫緊の課題になっています。そこで、園や母子保健の現場では、どのような多文化教育や子育て支援のサービスがあるのかを概説しながら、その実態もあわせてレポートいたします。
[アオテアロア]ニュージィの空をたなびく白い長い雲。国道を牛が横断中
☆幼児教育サービスの多様性
ニュージーランドでは5歳の誕生日から小学校へ通うので、0歳から5歳未満までが就学前教育となります。日本のような一斉に行われる入学式はなく、それぞれの誕生日から義務教育が始まるというシステムにも、ニュージィの自由な教育の一面が表れています。実際には、誕生日より以前から「慣らし登校」ができるのですが、教える側の先生は、新入生一人ひとりへの個別対応をしているようです。
日本でも幼小一元化の試みが始まっていますが、アメリカやオセアニアでは、就学前教育の終わりや小学校の低学年は「プリスクールやキンダーガーデン」と呼ばれて、2学年は本格的な小学生になるための移行期間―つまり、「慣らし学年」の位置づけにあります。
さて、未就学児のための幼児教育は、大きく分類すると、幼稚園、保育センター、プレィセンター、テ・コハンガ・レオ、家庭保育所(Home-based services: family daycare)、通信教育学校、太平洋島嶼(しょ)国言語グループ(PILGs)、コミュニティ・プレィグループのほかにも、いくつか地域ごとに特色あるサービスや自助プログラムがあります。
そして、これらは、1996年に教育省から出された指針である「幼児教育カリキュラム(テ・ファリキ)」によって、包括的にガイドされています。
お誕生日のお祝いに歌とケーキでお祝いを(テ・コーハンガ・レオ)
テ・コハンガ・レオの壁に貼られたマオリ語の教材
プレィセンターで一緒に寝ている多文化なお人形達
☆ニュージーランドの幼稚園って無料?
ニュージーランドでは、1889年にダニーデンに最初の幼稚園が開設されて、2002年の統計では全国に606施設。日本と同じように3歳児から5歳児未満までを対象にした公立と私立幼稚園があります。公立の保育料は基本的に無償ですが、ほとんどの保護者は任意で少額の寄付をしています。また、幼稚園児の保護者の中には、資金集めのバサーやイベントのほかにも、園のお手伝いに積極的に参加する人が大勢います。
一般的には、年少グループは週3日午後だけで、年長グループは午前中に月~金で5日間通います。先生はすべて有資格者で、通常は先生と園児の配置は1:15ですので、1セッション45人ですと、3人の先生がおり、保護者や実習生が加わっていることも多く見受けます。 私立幼稚園の中には、独自のメソードに基づいた教育をしている園や早期教育に熱心な園では、保育料が高額な所もあります。保育時間は基本的には半日(3~4時間)ですが、全日プログラムでは8時から5時半までという幼稚園もあります。また、人口過疎の地方では移動幼稚園も用意されています。
[幼稚園]
幼稚園でクリスマスの飾り付けニュージーランドは12月が初夏です
音楽に合わせて園長先生と一緒に踊ります
☆園の現場ではアジア人が急増中
つぎに、オークランド幼稚園協会を訪ねて、多文化理解教育のプログラムや幼稚園の最近の動向について伺いました。
ニュージーランドで一番人口が多いオークランドの協会には全国の6分の1にあたる106の幼稚園が加盟しています。 協会主催による先生のためのさまざまな研修会が開催されており、その中では、サモアやトンガなど太平洋島嶼(しょ)国の文化伝承としての絵画や工芸品を子ども達が制作している園の紹介、絵本や多言語のあいさつなどが書かれた印刷物などが提供されています。
ニュージーランドでも、他の多文化な国と同様に多文化な保護者が「マルチカルチャー・ランチ」を作って持ち寄る園の年中行事があります。お互いの民族衣装を貸しあって着ては、民族音楽や舞踊を披露しあいながら交流を深める企画は園でも学校でも大好評。
「世界の多文化カレンダー」という各国の祭日や伝統的な行事を列記した歳時記も各幼稚園に配布されています。たとえば、「2月の中国のお正月」や「日本の子どもの日」などは世界的に有名な祭事です(参照:第3回オーストラリア編の最後の写真)。
ニュージーランドの国勢調査によると、この10年の間にアジア人移民の中でも上位1位の中国人は133%、2位のインド人は102%、3位の韓国人はなんと20倍の急増とのこと。最近、オークランドで新しく開設された幼稚園では園児の80%以上がインド人だそうです。
これは、ニュージィだけの傾向ではなくて、他の英語圏でもこの3民族の移民ラッシュは特徴的な傾向のようです。http://www.stats.govt.nz/
☆一人ひとりに対応した保育を
「教育・保育センター」は、広義では、さまざまな幼児教育サービスを包括して使われることもあります。そして、日本の保育所に最も近い企業内託児所や病院や大学内の教職員や学生向けの保育所、働く親のための園はここに分類されます。他の幼児教育サービスに比べて、受託時間が長く、全日制が基本ですが、受託時間を自由に決められるのが特徴的です。
種類としては、非営利と営利組織があり、多くの場合、所属する機関から予算を得て運営されています。
保育所の所長は有資格者ですが、それ以外の先生は有資格者の場合もありますし、パートタイマーや教育実習生などを含めて個々の園で異なっています。将来的には保育所の先生も幼稚園同様に、全員が有資格者を目指しています。
いくつかの保育所を訪れると、日本と同様な受託時間であっても、年長グループではほとんどが昼寝をしません。雨の日でお昼寝をしないで、一日室内遊びをしていますと、子ども達があきないようにと、先生がたはいろいろな遊びの工夫をしています。いつもより、一つの遊びの時間を短くしたり、からだを使ったゲームをしたり、遊びのコーナーごとに先生が加わって積極的に展開している様子が感じられます。
また、新学期の初めのころは、同じ保育所を訪れるたびに、今日が一日目という子どもが来ています。なかには、英語がまったく話せない子もいて、お迎えがくるまで泣いていることもあります。仲間に入れない子を安心できるまで抱っこしていたり、長い時間、乳母車にいれて子守唄を歌いながら押し続けていたり、膝の上に子どもを乗せて、母語の絵本を一緒に眺めているなど、子どもの特徴にあわせた対応をしています。
ところで、日本でもお迎えの時間が守れない保護者がいますが、ニュージーランドで私が尋ねたいくつかの保育園では、お迎え時間に遅れた時の罰金が規約にも書かれていました。
お迎え時間は保護者の希望で毎日同じではないのですが、予め決めてある約束の時間に遅れると、ある保育園では、最初は30分で5ドル。10分ごとに、さらに5ドルずつ払わなければなりません。それでは、実際に支払う人はどのくらいいるのでしょうか。それはほとんどいないとか。事前に連絡を入れてくれて、ほんの少し遅れるときには、園のほうでも大目にみてくれるようですね。
[保育所]
(上):キオラ(マオリ語)、こんにちは、ボンジュール、シャロームなどいろいろな国のあいさつ
(下):お人形を入れて歌いながらベビーカーを押して子守り中。先生の気分です。
☆マオリ語が話せる継承保育の人材を
「テ・コハンガ・レオ(Te Kohanga Reo)」というのは、マオリ語で「言葉の巣」という意味です。テ・コハンガ・レオは、マオリの子ども達を対象にマオリ語で教育をする保育施設で、1980年代の始めに急速に拡大しました。
全国組織のテ・コハンガ・レオの他にもマオリの子ども達が通う専門の保育所があります。お互いにそれぞれが設立の歴史的な背景が異なるためか、両方の保育施設を訪ねると、それぞれ自分達の教育方針の特徴を競い合うように説明してくれるのが印象的です。
マオリの文化や言語を伝えるために、さまざまな教材が用意されており、園の壁には、日本人にはとても発音のしやすい子音と母音のアルファベットや単語が貼り出されています。
太平洋島しょ国の各言語は微妙に違いますが、発音がとても近くて、似たような言葉に聞こえます。太平洋島しょ国から出身の家族に向けた専門の保育所もあります。
先生がたは子ども達に努めてマオリ語で語りかけていますが、子ども達同士は英語で話していることが多く、どこのテ・コハンガ・レオやマオリの保育園へ行っても、園長先生の悩みはマオリ文化と言語を伝承してくれる若いスタッフの育成のようです。
また、テ・コハンガ・レオは、国からの助成を得て、全国に認可施設が545あり、在籍登録者数は10,389人ですが、施設数の1990年~2002年の経年比較では、11.5%減少しています。前回レポートしましたプレィセンターも、この間に施設数が621から492に減り、20.8%の減少です。逆に増加しているのは、保育所や家庭保育のサービスやプレィグループなのですが、この家庭保育所は、日本の保育ママさん制度のように、家庭をベースにして、年齢混合で4人までをトレーニングを受けて預かることができますが、専門家が必要に応じて訪問サービスやアドバイスをして、子どもを預ける保護者と保育者の仲立ちもしてくれています。
その他には、過疎地の居住者や転勤が多い家庭の子ども達のためには、無料で本やゲーム、パズルなどを貸し出して、親が教育できやすいように援助する「通信教育学校」のサービスもあります。
[マオリの保育所]
(上):虫をみんなで囲んで
(下):マオリ語の歌に合わせてダンスを踊る
☆ボランティアから始まったプランケット・ナース
ニュージーランドの幼児教育・母子保健サービスの中でも、特徴的なのは、前回レポートしました「プレィセンター」と「プランケット」です。http://www.plunket.org.nz/
プランケット(The Royal New Zealand Plunket Society)は、地域コミュニティを基盤に妊娠期から就学前の親子に対して、日本の保健センターのような役割を果たしています。
その設立は1907年にダニーデンの精神病院の院長であったキング博士(Dr Frederick Truby King)が提唱したボランティア活動に始まりました。彼は乳児死亡率を下げて、将来の国民の健康を考えるならば、なにより栄養管理と母親教育を通して日々の乳児への養育態度(行為)が鍵になるという科学的な信念から、賛同協力者達を得て、この活動を根づかせることができました。
最初の診療所がKaritaneに開かれたことから、現在も母親達が集う場所を「プランケットカリタネ・ファミリーセンター」と呼んでいます。また、「プランケット」の名称は、当時、資金的援助をしてくれて貢献があった総督婦人の名前Victoria Plunketからつけられています。
1907年に乳児死亡率が1,000人中88人だったのが、30年後には32人という実績が示すように、キング博士夫妻は、さまざまな啓蒙活動をとおしながらプランケット・メソッドを、時代に合わせてニュージランド全土に拡大していきました。
プランケットは妊娠中から就学前の子どもをもつ家族を総合的に支援サービスする組織ですので、そのカバーする領域は広範囲となります。
妊娠中は出産の知識や子どもを迎えるための両親学級のような教育から始まり、出産後は新生児訪問、プランケット診療所では、健診や育児相談を受けつけており、遠隔地へはバスの移動診療所が訪問サービスをしています。
また、プランケットカリタネ・ファミリーセンターでは、地域の子育てグループと出会うことができて、子育てセミナーも開講されています。さらに、専門の教育に関心がある人には、ボランティアやファシリテーターの養成コースもあります。また、中学生を対象にした保健の教材の開発・提供や高校生に向けた実践的な「子育て体験コース(Tots & Toddlers)」もあります。この講座では、地域の赤ちゃん連れの親が学生2~3人ずつに対応して、おむつ替えや入浴などのお世話を実際に指導体験させてあげます。日本でも同じように鶏の卵などをそっと抱えて孵化するまでお世話をするプログラムを取り入れている学校もありますね。
その他、プランケット・ラインという24時間の無料電話相談や子どもの事故を予防する安全教育やチャイルド・シートを安価でレンタルできるサービスなど幅広い事業を行っています。
現在、プランケットが配布している「Thriving Under Five」(第8版)という育児書は6週~4ヶ月、4ヶ月~1歳、1~2歳、2~5歳、家族問題、具合が悪い乳幼児などの項目に分かれた定評のある実用的なガイドブックです。
プランケットは18の地域に130の支部があって、その傘下に、さらに、非公式な数多くのグループが組織されています。子育ての専門教育を受けた8,000人ものボランティアが、妊娠・育児時期の親子を家族的な活動をとおしてサポートしています。
マオリや多民族への子育て支援も主な活動の柱になっています。プランケット・ナースと呼ばれる400人もの看護師が新生児の87%のケアにあたっており、それは、マオリの新生児全体の3分の2も含めています。プランケットなくして、ニュージィの子育てグループは語れないと言われているくらい、今日まで大きな役割を果たしてきました。
現在、プランケットは20以上もの公式なスポンサー団体に支援されており、その資金源のおよそ6割は国からの補助金で、4割をその他で賄っています。しかしながら、プレィセンター同様に、ボランティア活動の曲がり角に来ているようです。
実際に、私の知人や友人の中にも、「子どもはプランケット育ち」という人は、中年以上の層か、一人目の子どもに集中していました。
その理由としては、時代とともに、求められる支援の質が変化してきたことやサービスの種類が増えたこと、ボランティア意識の減退もあげられます。
プランケット支部の代表の方達が、「これからは、いくつかの幼児教育や母子保健サービス・NGOなどが協同で、質の高い親への教育を提供していかなければ、どの組織も生き残れなくなってきている」と同じように言っていたのが印象的でした。