【第6回】ニュージーランドの親参加型プレィセンター

執筆者: 山岡 テイ (情報教育研究所所長)

ニュージーランドの幼児教育・保育サービスの中で、他の国と比べて特徴的なのは、「プレィセンター」でしょう。
プレィセンターは1941年にウェリントンに住む3人の女性達のアイディアから生まれた親主導のボランティアによる保育施設です。戦時中で男手がない家庭環境の中、 母親同士が短い時間でもお互いの子どもの面倒を交代でみて自分の時間をもつことができないかしらと話合って始まりました。 その3人の中にはイギリスのプレィグループの運営に関わった母親もいたそうです。日本にもさまざまなプレィグループがありますが、ニュージーランドの「プレィセンター」は どちらかというと、親が参加・運営する園という感じです。それでは、今回はプレィセンター訪問記をお届けします。

☆親が交代でボランティアの先生役
「プレィセンター」はニュージーランド全土に492施設あり、14,879人の子ども達に利用されています。発祥の地であるウェリントンには現在16施設、オークランド周辺には35施設(市内19)があります。(http://www.playcentre.org.nz/)
早速、いくつかの施設を訪ねてみました。最初に行ったオークランドのセントラル・プレィセンターは9時過ぎから12時までということでしたので、開園時間に行きますと、他の母親達から、「あなたもこれから参加するの?」とか「今日はお子さんを連れてこなかったの?」など、つぎつぎに親切な質問攻めにあいました。
9時半ごろまでに親子で登園してきて、親もそのまま残る人と子どもだけを預けて帰る人もいました。 親は毎日参加するわけではなくて、交代制になっています。子どもの定員は25人で、ここでは子ども3人に対して親が1人の割合(5人に1人が標準)ということでしたが、風邪や旅行などでお休みをしているために、この日の出席は15人で、教師役の親は8人もいました。
ここでは基本的には一斉保育は行われず、16種類の遊びの領域―小麦粘土、砂、水、コラージュ、絵画、アウトドア遊び、科学と自然、どろ粘土、家族遊び、ファンタジー、音楽、ブロック、バズル、読書、大工、ぐちゃぐちゃ感触の遊びのプログラムから、子どもが自由に選んで遊ぶのを大人が観察し必要に応じて援助しています。

大工遊びのコーナーでは、3歳児の子ども達が大きな金槌をもって、釘を打ちつけていました。それを見守るお父さんのヴァーロンさんは、「ぼくも最初ここを見学に来たときには、小さな子がのこぎりや金槌で何かを作っているのを見て驚いたよ。正直言って、こんな所に預けるのは危ないなと思ったけど、それが、自分の子や他の子ども達を観察しているうちに、子どもは結構だいじょうぶだし、多少けがをしても、それ以後はどうするとよいか体で学んでいくということがわかったね」と語っていました。

彼の仕事は夜勤なので、昼間働いている母親に代わってプレィセンターに参加できるのは、ほんとうにラッキーだと言っていました。教師役として参加しているのは母親が多いのですが、このように、父親が参加すると別のメリットがあるようです。プレィセンターの機関紙に寄稿していた父親自身の言葉を紹介しましょう。お父さんは、「大声を出すし、子どもとの関係でもお母さん達とは違ったやり方や経験を持ち込み、男の子への性役割モデルを示したり、好むと好まざるとに関わらず、他の子どもや参加者の親達をするどく観察したり、ときどき意図的ではないけれど、危険な感覚を持ち込むこともある」ということでした。
さて、目の前のプレィセンターの中では、どのような遊びが広がっているのでしょうか。園庭にある机の上では、小麦粘土に水を混ぜて、ぐちゃぐちゃにして遊んでいる子が2人。親が一人ついています。 小さなプールくらいの大きさの入れ物で水遊びをする1歳児と3歳児。 その横には坂道を利用して三輪車レースをしている子ども達、その脇の石垣を裸足でロック・クライミングのようによじ登っている子ども達もいます。 砂場では各プレィセンターに共通して設置されている遊具や木製のクレーン車などのおもちゃが使われています。

双子ちゃんの父親も教師役で参加 木製ブロックのコーナー タイヤのぶらんこ遊び
「この中で寝ちゃう子も多いですよ」 しっぽをつけたまま砂場で川やダム遊び 台湾人の母親は子ども一緒に水遊び

室内では、静かに本を読んでもらっている子やお姫様や妖精のように変身している子、お人形遊びやお店屋さんごっこをしている子、コラージュやお絵かきをしている子ども達もいます。 それぞれが自分の好きな遊びに没頭しているようです。10時半になると、モーニング・ティの時間となり、お当番の親達が簡単なサンドイッチや果物などの軽食を用意します。この時間には子どもも大人もみんなで集まって連絡事項を報告し合ったりします。

この他にもいろいろな多民族衣装もあります モーニング・ティには親子で集合 モーニング・ティでマウリ語の数え歌をみんなで歌いながら

ここで、ちょうど半分が経過しました。その後も同じように自由遊びが続き、11時45分になると、親達は一堂に集まり評価の時間という反省会が始まります。この日、子ども達を観察していてそれぞれが気のついたことを発表し合います。その後で、親達は片づけのくじ引きをして、当たった場所をお掃除したあとに解散となりました。 しかし、あれだけ精力的に遊びまわると、室内も園庭も、まるで台風一過。粉や粘土、金粉やラメなどが床に撒き散らされていて、私と一緒に床のお掃除をしていたお母さんは、「すごいでしょ。自分の家ではこんな汚し放題なことは絶対できないわよねえ。」と苦笑していました。 子ども達にとってプレィセンターは、好きな遊びを思いっきりできるのがなによりの魅力のようでした。

☆孫の世代にもプレィセンター育ちを願って
他のプレィセンターを訪ねたときにも感じたことですが、子ども達が遊びに夢中になっていると、遊びの中で、よりおもしろくなるような方法を工夫して、子ども同士で協力し合い、先の見通しを立てて行動できるようです。 また、10時半のおやつの時間(モーニングティ・タイム)になると、遊びに夢中になっている子はそのまま続けていますが、何人かの子は、さっさと自分から遊び道具を片づけて、トイレを済ませて手を洗い、配膳の手伝いにやってきます。プログラムされているというよりは、その子なりに先の見通しをつけて遊んでいる様子が伝わってきました。
しかし、一方でプレィセンターの子ども達は、日本でいう“のびのび保育”の自然児というような評判もあるようです。プレィセンターのホームページ上でのQ&Aには、それを否定する説明がありましたが、他の一斉保育でしつけを重要視している園に比べると、たしかにワイルドなたくましさを感じました。
そんなプレィセンターでは、3つだけルールがあります。それは、「他の子(人)を思いやる。他の子の仕事を尊重する。物をたいせつにする」ということで、他の子を傷つけない、遊びやしていることの邪魔をしない、設備やおもちゃをこわさないということだけの最低限の決まり事です。
さらに、いくつかのセンターを訪ねますと、システム上の大きな枠組みや教育方針は共通していますが、保育費や時間など、少しずつセンターごとに異なっていました。 そこで、オークランドのプレィセンター協会の代表であるチッシィ・ロックさんを協会の事務所にたずねてお話を伺いました。
彼女は現在10歳になる上のお子さんが2歳のときにプレィセンターをはじめて訪れました。    それからの8年間に、プレィセンターが主催するさまざまな教育コースを修了して資格を得て、さらに、幼児教育の専門の勉強をして現在の役職についたそうです。教師役をしている親達は、全員が一通りの初級コースを修了することが親子での入所の条件になっています。中級・上級コースやその他にも保育・教育のための幅広い研修講座が提供されています。
プレィセンターの教育特徴は、まず、0歳から5歳までの縦割りの混合保育であること。つぎに、遊びを通して学ぶこと、そして、親(家族)主導型のボランティアで運営されていることです。
全国に広がるプレィセンターは、ニュージーランドの北島(オークランドやウェリントンがある)と南島(クライストチャーチなど)では、特徴が異なり、北は親主導型で、南は教師主導型と言われています。

保育時間は午前中のみで、0~3歳は週2回、加えて3歳児用の特別クラスがある曜日があります。年長児は週5日通います。なお、ニュージーランドでは5歳の誕生日から小学校に通うことになっています。 保育費は1学期25ドルの所もあれば、15ドルの所やもっと安いセンターもあります。1年4学期制ですので、15ドルの所ですと1年60ドルで、日本円ですと5千円以下になります。安いですね。当然のことながら、国の財政負担によって成り立っています。
安いといえば、ニュージーランドの児童福祉は行き届いており、公立の幼稚園は若干の寄付金はするものの基本的には無償です。出産費も含む医療費や健診も就学前は無料です。
近年、出産費用を免除されるために海外からニュージーランドに来て出産をして、国籍をも入手しようという外国人が増えているとか。それを規制する法律ができつつあると、このところテレビでも報道されていました。
話をプレィセンターにもどしますと、親は研修コース参加のほかにも1学期に数回のミーティングにも参加することが条件づけられているようです。各センターの責任者や仕事の分担も1年ごとに当番制で代わり、どの親も均等に参加するようにシステムづくりがなされています。
協会の代表をしているチッシィさんは、「いままでの活動自体を楽しんでやってきましたけど、いまの子ども達の子どもや孫の世代になっても、ずっと子ども達が生き生きとして自由で安全に遊べるプレィセンターを継続して残してあげたい」と将来へのビジョンを語っていました。


プレィセンター協会のショップには、豊富な本や教材

☆近年は参加率が幼児教育サービスの10%以下に減少
プレィセンターは多文化教育を特色のひとつにあげていますが、日本出身の母親がいるモーニングサイド・プレィセンターに伺いました。
ニュージーランド人と結婚して7歳の男の子と5歳の女の子の母親であるひろみさんは、「最初は歩いていける近くにあったことが選んだ理由なのですけど、お母さん同士で子育ての普段の会話ができるので、英語の上達にも役に立ったし、地域で友達ができたのがよかったですね。それと、他の親が客観的に自分の子どもを見てくれて、こちらの人はほめ上手なので、子どもの長所を言ってくれると、育児ストレスがたまっているときにでも、なんだか救われる思いがしました。」と2人のお子さんをプレィセンターで育てた実感を語ってくれました。
他の幼稚園や保育園で近年盛んになってきている「ラーニング・ストーリィズ」という子ども一人ひとりの園での個人成長史に代わるものとして、プレィセンターでは、親達が複数の目で観察評価した子ども達の成長記録を大きな紙に書き出して貼ってありました。
昨年度はプレィセンターでコーディネーターをしていたダイアンさんは、「うちの子は小学校へ行っても、プレィセンター時代からの友達が親友よ。2人目以降の子どもはお腹の中にいるときからセンターで育っていたことになるのだけれど、なにせ、子どもは正直で、朝プレィセンターに連れてくると、駆けるように中に入っていくくらい毎日が楽しいみたい」、「親のほうも赤ちゃんのときから小学校にあがるまでずっと自分達が見守って育てることができて、なおかつ、自分も幼児教育の勉強ができるのは最高」と絶賛していました。
こんなに良いことづくめのプレィセンターですが、一方ではフルタイムで働いている親には利用しにくいという側面があります。パートタイムで働いている親や前述のように、父親が代わって参加できる家庭の場合には都合をつけて子どもを通わせることができますが、一般的にはむずかしい状況です。
プレィセンターの文献で統計資料を見ますと、施設数では70年代後半から80年代前半がピークで、子どもの人数では80年代末がもっとも多く、90年代になってからは下降の一途をたどっています。
また、ニュージーランド教育省の統計では、1990年には施設数621で、登録児童数が22,668人であったのが、2002年には492施設、児童数14,879人になっています。 (http://www.minedu.govt.nz/
昨年度のNew Zealand Playcentre Federation’s National Conferenceの調査報告によりますと、1991年度から2001年度の10年間を比較して、児童数は31.5%、市場占有率は49.7%もダウンしているそうです。
その理由としては、多くの女性が労働力として復帰していることやプレィセンターのセッションが自然性や親の関与を要求されることがあげられていました。
それでは、プレィセンターや幼稚園の市場占有率の下降に代わって、どのような幼児教育サービスが上昇しているかというと、保育園や家庭保育サービスや一部のプレィグループです。
また、プレィセンター調査の回答者は、プレィセンターのどのようなところが最も好きですかという問いに対しては、「他の親との交流、子どもと一緒に過ごすことができる、子ども同士のつきあい、プレィセンターの文化:親切・リラックス・温かい・安全・保育法・楽しさ・子ども思い、子どもに広範囲の学びの機会、うちの子ども達はプレィセンターに通えて幸せ、恵まれた設備・教材や施設:加えて援助感と一体感」などが代表的な意見でした。 その一方で、あまり好ましいと思わない点としては、一番目に「書類作りや事務の負担」22%、ついで、「不均等な仕事量を受けること」19%、その他としては、お掃除、内部での政治やミーティングに費やす時間などが若干ですが、あげられていました。
ご自身も若い母親の一人であるチッシィさんも、私が上記の調査結果を話すと、「最近は別にプレィセンターに限ったことではなくて、一般的にボランティアでなにかしようという若い人たちが減ってきていて、すぐに結果が見えることだけを優先している傾向があるのではないかしら」と、最後に大きなため息をついていました。
ニュージーランドでは、日本のように幼稚園と保育所に代表される幼児教育制度とは違ったカテゴリーで、さまざまな保育・教育サービスが提供されています。
その中からどのような幼児教育に出会ったり、選んだりするのかは、子どもの特徴や親の生き方にもよるでしょう。しかし、いま、目の前にいる自分の子どもだけを育てるだけではなくて、社会的な存在としての子どもとその子どもが将来どのように自立していけるかを見すえて、教育することが我々大人全体での責任だと思います。
まるで近くの砂場での親子同士のように、まわりの大人が温かく見守りながら、それを維持できるしくみを試行錯誤しながら活動し続けているプレィセンターは、いま転機なのかもしれません。

しかしながら、子ども達に多くの自由な遊びの場を提供できる試みは、幼児教育理念の具体例のひとつでもあるように思えました。

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