【第5回】お弁当・給食のお国事情

執筆者: 山岡 テイ (情報教育研究所所長)

夏休み中は毎日のお弁当作りから解放されてひと息つけるという家庭も多いかもしれませんね。でも、子ども達が園で過ごす日課の中で心待ちする時間は、なんと言ってもお弁当や給食の時間でしょう。園を訪れる私にとりましても、お昼ご飯や調理室の見学は期待に胸が高鳴る楽しみのひとつです。

今回は、園生活の食事にスポットをあてて、いくつかの国のお弁当・給食事情についてお話しします。

☆昼食はお楽しみタイム
日本では、多くの保育所は給食を中心にしており、幼稚園ではお弁当と給食の両方を取り入れている所が多いですね。
海外で見かけるお弁当メニューは国や民族によってバラエティに富んでいます。大きなお弁当バックの中身の半分以上がお菓子という子ども達もいます。 親が昼食の材料をお弁当箱に入れておくと、先生が食べる直前に作ってくれたり、おかずを温めて出してくれたりする園もあるようです。
ニュージーランドのある園では、持参したお弁当はどの時間に食べてもよい所もあって、登園直後に早速に広げて早弁(?)をしている子どもを見かけます。先生のお話では、「朝ご飯を食べてこないで、お腹が空いていると少し早い目に食べる子どももいますけど、ほとんどの子どもがお昼時間に食べるので、そのときに一緒に食べられるようにある程度残しておくみたいですよ」とのことでした。 たしかに、別の日に同じ園へ行くと、10時ごろ食べている子ども達も、また、昼ご飯の時間に皆とテーブルを囲んでいました。同様に、お昼に全部食べられなかった子どもが、残りを午後に食べていることもありました。
中国の都市部では、託児所(保育所)でも幼稚園でも給食が主流ですが、通常の受託時間は日本の延長保育をしている園に比べると短時間であっても、日本では一般的ではない「朝食」や早い目の「夕食」が給食として出る園も多いのです。 そのためか、日本に住む中国人の保護者から日本の保育所では早朝から夜まで子どもが園で生活しているのに、どうして本格的な朝食や夕食が出ないのかと尋ねられることがあります。
多くの国では、お昼をいただくときに宗教系の園の儀式としては、お祈りをしたり食事前の決まった歌を皆で歌ったりします。
オーストラリアの保育所でこんなことがありました。まだ英語が話せない入園間もない韓国人の園児が、午前中は他の子と遊べずにおもちゃの取り合いでけんかばかりしていました。 ところが、昼食のときに向かい側に座った子のお弁当箱にクリスマスのイラストがついたお菓子の袋を見つけて、「ジングルベル」を小声で歌い始めました。隣にいた先生がすぐにフォークとスプーンでリズムをとりだすと、その子の歌声がしだいに大きくなり、ついには同じテーブルの子ども達が皆で大合唱するようになりました。
韓国といえば、日本でおなじみのキムチは給食でも定番で、多くの園で食事に添えられているのを見かけました。
ドイツのシュタイナー教育の幼稚園を何園か訪れたときには、子ども達が自分達で素材から作ったパンを昼食に食べているところもありました。シュタイナー(ヴァードルフ・シュウーレ)の幼稚園や学校では、衣類や食べ物など、できるだけ原材料から子ども達が畑で栽培をして、形になるまでのすべてのプロセスを体験する作業を行い、五感をとおして作りあげるのが基本的な教育方針になっています。日本でもそれぞれの土地柄や環境を生かして、先生と園児達が作物を育てて収穫したものが食卓を彩る園も多く見かけます。
日本の幼稚園や保育所では、他の国ではあまり見かけないお当番さんが配膳や盛り付けのお手伝いをしていることがありますが、帽子やエプロンをつけた子ども達の得意げな表情が愛らしいですね。
園の昼食時間の持ち方にはその国らしさや、お弁当にはそれぞれの家庭の味を垣間見ることができます。また、クラスの友だちと一緒に食卓を囲むことで、食べ物の好き嫌いが改善されることもあるでしょう。でも、その一方では、日本に住む多文化な背景をもつ保護者達へのアンケート調査では、「家庭で食べる自分達の国の料理より、保育園の日本料理のほうがおいしくて好きだと言って困っています」という記述も目立ちました。
大人になっても、小さな時に食べたお気に入りの給食メニューの話で盛り上がることがあります。それぞれが育ったふるさとや家庭の味と同様に、忘れられない給食やお弁当の思い出はからだの中に懐かしいイベントとして記憶されて残っているのかもしれません。

午後のおやつの時間(ニュージーランド) 先生が持参した材料を調理してくれることも(ニュージーランド) キムチは必需品(韓国の保育所)

 

☆多様な食文化と体質への対応
定点観測のように、何度も訪れている海外の保育所や幼稚園では、ときどき園長先生が変わっていることがあります。 しかし、栄養士や調理師のスタッフの方々はそのまま変わらずに再会できることが多く、訪れるたびに調理室で食べ物談義をすることになります。
中国や台湾などでは、ときどき中華料理屋さんの厨房にいるような気分になるときもあります。中国の保育所の調理室で大きな蒸し器の蓋を開けると、包子(小さな肉饅頭)が何列も並んでいる横に、先生や職員のお弁当箱を並べて温めていたりします。
肉まんの皮生地を多い目に作って、残った生地で「花巻(肉まんの皮部分だけのお饅頭)」を作るのは恒例行事のようです。というのは、私も何回かこの場面に出合ってはお手伝いをした経験があります。中国でおなじみの園に一日お邪魔する時は、だいたいどこへでも友人から自転車を借りて行きます。そして、その結果、帰りの自転車の荷台には、ほかほかに蒸しあがった花巻や肉まんの温かい湯気が漂っていることもしばしばありました。
日本の幼稚園や保育所、学校などでは、衛生管理が行き届いているために、いくら親しくなったからといっても、他の国からの訪問者が調理室で一緒に給食のお手伝いはできないように思います。
以前、アトピーに関する連載記事や本を書くための取材で、園や学校ではアレルギーの特別食をどのようなかたちで行っているのかを実際に見せていただく機会がありました。アレルギーの子どもの特別食を作るためには、まな板や包丁だけではなくて、お鍋や食器も他の子どもと違うすべて別の専用のものを使っていました。たとえば、ほんの少量のマヨネーズや卵の洗い残しが食器についていて、その結果で症状が出る子どももいるので厳密に分ける必要があるのです。

また、食中毒など万が一のときに備えて、後でチェックができるようにと作った給食を一定期間は冷凍保存しておくなど、日本の園や学校では衛生管理に細心の注意を払っていることに感心しました。
アジア諸国の園では、イスラム教の家族の子どもは給食で食べられない食材の種類がメニューにある日には、お弁当を持参していることがありました。 園や学校での共同生活では、偏食せずに食べることが目標のひとつですが、食物アレルギーなどの体質、食文化や宗教背景など一人ひとりの個人差を大勢の集団の中でどのように配慮するのかは、今後さらに検討を要することでしょう。

まず、その一歩としては、特別な食事をしているという意識を子ども同士が持たずに、その子どものからだの個性に合う食事ができるような園や学校でのふだんからの自然な環境づくりが大事だと思います。
ずいぶん昔のことですが、ドイツに留学していたときに、長期休暇中に開催される世界中からの留学生仲間が集うセミナーや合宿では個々の宗教を超えた合同礼拝を行い、三度の食事メニューには、特定の肉を抜いた料理や菜食主義者用などが必ず用意されていました。

現在でも海外の学会や国際会議に参加しますと、会期中は参加者の多様な食文化を考慮して、たとえ簡単な昼食やスナックであっても、どの宗教や個人差にも対応できる食事メニューが用意されています。 日本食には伝統的な野菜だけの料理献立が沢山あるのは幸いなことです。

海外の多文化な国では、必ず、街のあちらこちらにアジア系、南欧系(イタリアやギリシャなど)、アフリカ系などの食材を売っているお店があります。日本でも、最近は多文化な家族の増加に伴って、多国籍な食材屋やエスニックなレストランがつぎつぎ開店しています。 また、パン屋さんやお菓子屋さんでも食物アレルギーの人を意識して含有材料の詳細が表示してあるお店が増えたのは嬉しいことですね。

台湾の幼稚園
お昼ご飯 麺がおいしそう!
中国の保育所
麻婆豆腐を調理中
中国の幼稚園
三食・一週間の献立(「星期一」は月曜日のこと)
中国の保育所
花巻作りをお手伝い(筆者)

 

☆日本のお弁当は芸術作品?
日本の幼稚園の昼食時間に行くと、それはかわいいお弁当が勢揃いしていて、思わずため息が出るくらいの“お弁当の芸術作品”に出合うときがあります。

栄養バランスも彩りも鮮やかなビジュアル系で、見た目も食欲を誘う幕の内弁当のお子様版か、はたまた箱庭盆栽かという感じがします。お弁当はお昼時間に家族と離れて食べる子どものために、喜んで残さず食べて欲しいという願いを込めて作っていると思います。それにしても、本屋に陳列されているお弁当の料理本やスーパーマーケットに並ぶお弁当用冷凍食品、キャラクターもののお弁当箱や小物の数々は、お弁当が日本人の食文化の中で大きな位置を占めていることがわかります。

海外に住む日本人の子ども達があまりにかわいいお弁当箱を持参して、他の子ども達から羨望の的となりお弁当箱は隠されたのか盗まれたかいつの間にか紛失というような話も聞きました。

お弁当箱に限らず、日本の創意工夫された便利な育児用品は、どの国の製品と比べても使い勝手も工業技術水準もすばらしいと思います。しかし、ときどき、その利便性が私達日本人には当り前になってしまい、使い手の工夫力や創造性を妨げていることもあります。 これだけの消費財に囲まれて生活する私達親世代は、ときには自分自ら「使わない選択」を消費者としての子ども達に伝えていくことも必要なのではないでしょうか。

ところで、日本に住み始めて園に子どもを通わせている外国人の保護者を対象にした「簡単なお弁当づくり講習会」があちこちの園で企画されており、関西で出された外国人のためのお弁当づくりの手引き書が人気を博したというのも納得できます。 もっと簡単に作れて栄養バランスもよく、子どもが喜んで食べてくれるグローバルなお弁当メニューが多文化な保護者の中からも提案されて、日本でも定着するといいですね。

一方、日本のゴージャスなお弁当事情に比べて海外で見かけるお弁当はじつにシンプルそのもの。人参1本やおいも1個という場合もあります。一般的には、主食がご飯のとき、おかずは一品料理。また、主食になる穀物やいも類で作られたパンやクレープのような皮、バスタやさまざまな麺類の中に、野菜や肉類が混ざった料理が入っているというのが多くのパターンです。

サンドイッチの中身として有名なアメリカのピーナッツバターやオーストラリアのベジマイトなどは、日本でいうと、おむすびの梅干や鮭のような定番中の定番です。「べジマイト」は野菜のエッセンスが主材料でチョコレート色をしたペースト状ですが、味はお味噌や各国のアジア料理などに用いられる調味料の醤(ジャン)という感じで、ジャムやチョコのような甘味はありません。

「ベジマイト」はオーストラリアやニュージーランドなど英国系の国ではどこでも子ども達の好物で、映画「イングリッシュ・ペイシェント(The English Patient)」の中でも主人公の大人の女性が「お気に入り」のものを挙げる場面で、「マーマイト(ベジマイトと同種)」を選んでいたのが印象的でした。

また、ドイツの家庭では伝統的には昼食が「温かい食事」で一日三食の中で最も主となる食事のために、朝晩は「冷たい食事」と呼ばれる軽いパン食が一般的ですが、朝と晩では異なったパンを食べ分けています。パンの種類が何百とあるドイツに限らず、ヨーロッパ、オーストラリアやニュージランド、アメリカなどのお弁当メニューを眺めると、ほとんどがハムやチーズのサンドイッチが昼食の定番です。しかし、毎日同じもので飽きないのかしらと思われるかもしれませんが、それが不思議に飽きるどころか、その中でのバリエーションが豊富なのです。パンの種類を変えて、季節の野菜を入れて好きなチーズやハムを加えると何十種類もの組み合わせが楽しめます。日本のおむすびの中身をいろいろ変えて楽しめるのと同じです。

ただし、どの国でも親の世代の出身国や民族によって、お弁当の中身は当然のように異なっていますが、子ども達はしだいに住んでいる国の友だちと同じようなメニューを好んで変わっていくようです。お弁当も含めて、食生活はその国や地方の環境による作物と文化や風土に合った種類が生き残って根付いていくのでしょう。
日本のお弁当・給食事情を他のいくつかの国と比べると、とてもきめこまかに手間暇かけて作られているように見受けられます。

さらに、私達が実施しています子育て中の母親を対象にしたアンケート調査結果では、「食事のしつけ(マナーや態度など)」や「偏食や少食など栄養バランス」、「食の安全性」など、食生活に関する内容が現在の気がかりの上位に毎回必ず挙げられます(注)。
それだけ日本人の生活にとって、授乳・離乳食の時代から食事や食文化は大きなウエイトを占めているわけです。

「たかがお弁当、されどお弁当」、食欲の秋を目指して親子で我が家らしさを手軽に楽しめる「お弁当づくり再発見」というのはいかがでしょうか。

注:第2回子育て生活基本調査(幼児版)幼稚園児・保育園児の保護者を対象に 【2003年実施】https://www.crn.or.jp/LIBRARY/KOSODATE/KOSODATE4/ICHIRAN.HTM

ページトップへ戻る