【第4回】中国の都会で加熱する幼児教育

執筆者: 山岡 テイ (情報教育研究所所長)

中国の都市部では、少子化に市場開放経済が加わり、1人の子どもをめぐって両親と祖父母が多大な教育期待や経済投資が行われています。その影響は、日本在住で園や小学校に通う中国人の子ども達にも遠く離れた本国の教育熱心な祖父母達から、さらなる教育への熱い応援コールが送られてくるほどです。
「多文化子育て調査」の自由記述には、多くの中国人保護者から日本の園への要望として「もっと知育教育をして欲しい」と書かれていました(注1)。
そこで、今回は中国本土での習い事の実態とその背景や日本に住む多文化な中国人と本国の中国人、そして日本人の教育観や育児情報源の比較を、取材や調査結果を通してご報告します。

☆都会の幼児教育事情
中国(台湾・香港など)、韓国、日本をはじめとする東アジアの都市部では、伝統的に受験に焦点をあてた教育とそれに関連した習い事を幼少時からさせている家庭が多いことは、他の欧米諸国に比べて特徴的といえるでしょう。
とくに、中国では園や学校のカリキュラム自体が早期教育や英才教育を柱にしている所も増えており、家庭でも幼少時からさまざまな習い事やおけいこ事に通わせるのが日常化しています。
日本のような学校形式の受験塾よりは、いわゆる私塾やおけいこ事の教室、幼児向けのスポーツやカルチャーセンター、家庭教師などがじつに盛んです。
幼児教育の実情調査のために何度か訪れた北京市では、園や学校に居残って夕方からおけいこ事をしたり、特訓クラスで課外授業を受ける子ども達がいれば、個人教授のお宅に通ったり、「少年宮」と呼ばれる区の児童文化センターや「中国児童少年活動中心」という国営施設でトレーニングを受けている子ども達もいました。
中国児童少年活動中心は、園児や小学生の郊外学習を目的としていますが、夏休みに水泳教室の参加者を募集すると、夜中の2時から列ができて、受付開始2時間後には定員2千名が満席になるとか。人気の理由は、設備が立派なだけではなく、優秀な指導員や専門分野の著名な講師陣が名を連ねており、ここから全国大会へ出場できる選手が輩出していることもあるようです。
例年、スポーツだけではなくて、芸術クラスでも音大の付属中学へ大勢の合格者を送り出している実績など、名門中学校への登竜門にもなっていました。
一方、区のセンターでは、園児から中学生までの子どもを対象に、書道、絵画、電子琴(電子ピアノ)、舞踊、中国将棋など多くのコースが提供されており、電子ピアノは日本のヤマハ音楽教室が開かれていましたが、日本のようにグループでのレッスンはなくて、幼児期から個人レッスン方式をとっていました。

日本同様に、習い事としての楽器は習い事の上位に位置づけられていますが、その理由を幼稚園児に尋ねると、「上手になって小学校で“特長生”になりたい。特長生になれると、いい中学に入れるから」という答えが返ってきたのです。
有名(重点)中学に合格するためには、一般的には日本同様に子ども達は相当な受験勉強を必要とされますが、その他に、“特長生”とか、“三好生”という特別ルートの入学制度があるからです。詳しい条件は省略しますが、三好生は、各教科ですべてに良い成績をとらなくてはいけない、いわば、日本でいうオールマイティで推薦枠に入る優等生ですが、特長生の方は、一芸に秀でると推薦入学の可能性が出てくるわけです。

そのために、就学前から子どもをコンクールや大会の審査員の先生に個人レッスンを受けさせる早期教育志向の家庭も見受けられます。就学前の幼児教育は、90年代になって盛んになってきましたが、とくに、この数年、過熱化しており、費用のほうもこの10年の間に大きく変化しました。
昨年度、幼稚園児の親達にインタビューをした結果では、有名ピアノ教師による個人レッスンが1回300元(日本円で月謝2万円弱)という家庭もあり、10年前には、区のセンターでの個人レッスンが1回15元(月謝で約900円)であったのに比べるとかなりの高騰といえるでしょう。
ただし、芸術系の月謝はどこの国でも先生や地域での格差が極めて大きいために、現状でも実際にはかなりの個人差が見られるようです。
しかしながら、一握りの英才教育に追従し、副業に精を出すなど多額の教育費を子どもの習い事に費やして、一人っ子の将来に思いを馳せる親の裾野は年々広がるばかりです。

☆権威ある子育て情報を頼る
一人っ子に対する学歴期待は高く、3年前に私が中国の天津市で実施した質問紙調査では、育児不安18項目の中で、「子どもには自分以上の学歴をつけたい」が、第1位にあげられていました。これは、文化革命で十分な教育を受けることができなかった親世代の希望も込められているようです。(注2)

ちなみに、日本の母親を対象にした調査では、同じ質問項目は9位に留まっていました。また、中国調査では、5位に「まわりの子がしている習い事を自分の子がしていないと不安」、6位には「習い事や練習など、子どもがいやがるのにさせているのではないかと思う」など“教育不安感”に関する項目が上位にあげられていました。

さらに、日々のしつけ・教育に活用している情報源の中で最も信頼して拠り所にしている人やメディアについても尋ねました。
それら母親達が準拠し、最も信頼する情報源に関して、日本に住む日本人と多文化な母親、在日中国人、中国本国の中国人母親と3調査を比較分析した結果を以下にご紹介します。

最も信頼する情報源として日本人は24.9%と日本に住む65か国籍の多文化な母親20.4%が、「夫」を第1位にあげていましたが、在日中国人は15.1%で、本国の中国人は11.7%と少なく、ともに3位でした。 「実家の親」も同様な傾向を示しており、日本人18.3%、多文化14.7%、在日中国人12.4%、本国の中国人6.5%の順で、棒グラフでは下り階段のように減少しているのがお分かりいただけると思います。

下の図1のように、本国の中国人の実母との同居率は16.3%と日本の日本人(5.6%)に比べておよそ3倍であり、実質的に子どもの養育を担っている実家の母が多い状況にもかかわらず、しつけや教育の信頼情報源としては5位に留まっていたのです。
その一方、本国の中国人がしつけや教育の情報源として最も信頼していたのは、「園の先生」27.5%で、つぎに、「育児書や教育書などの専門書」26.6%、4位には「育児雑誌」9.6%など、従来から伝承されてきた身近な家族や友人の育児法に比べて、より専門的な知識や最新理論を重視している実態が明らかになりました。 在日中国人の母親も日本や他の多文化な母親よりも、本国の中国人に追従した数値を示していました。
現在、中国では、パソコンや携帯電話、ビデオやDVDなどのAV機器や情報メディアが急速に普及しており、また、地域の専門家主導による子育て支援が拡大する中で、テレビや書籍・雑誌など最新教育情報志向が調査結果にも顕著に表れていました。

この国際比較調査結果からは、多文化な母親達の中には、親族や親しい友人が日本にはまだいない人が多く含まれており、夫が身近かな相談相手であり、とくに、園の先生からの助言や育児支援を期待していることも示唆されました。
また、この中国調査の対象者の中には、2人以上の子どもがいる家庭が6.2%、3人以上が0.4%いました。一人っ子政策下であってもいくつかの例外があって、たとえば、少数民族の家庭、1人目に障害があった時や両親ともに一人っ子の場合は2人目を出産できます。 外国で出産してきた家庭や近年ブームとまで言われている離婚経験者同士の子どもなど2人以上の子どもがいる家庭が都市部でも出てきています。

しかしながら、中国では2人以上の子どもを抱える都会の母親は育児不安が高く、日本では、反対に2人以上子どもがいる母親のほうに不安が有意に低いという結果が出ていました。
中国の一人っ子政策は内外からの批判を受けて、緩和してきているとはいえ、実際には高騰し続ける教育費や経済事情も含めて、一人っ子にならざるを得ない社会背景もあるようです。

図1 母親が最も信頼する情報源の比較

☆子どもに経済投資をする親の背景
中国の都市部を訪れるたびに、特色ある園や学校がつぎつぎに設立されています。私立だけではなくて、各地の教育部や衛生部も行政施策として特色あるモデルプランを園や学校の現場で展開しています。その理由のひとつには、経済的余裕ができた保護者側のニーズもあるからです。

以前、日本の新聞社や育児雑誌の取材のために、上海でお話を伺った公立小2年生の父親は、「自分が小学校の6年間で読むことができた本を、息子は小学校の1学期の間で手に入れることができる。うらやましいと同時に、子どもにはあらゆる教育の機会を与えたい」と多くの親の思いを代弁していました。 その一方では、海外で教育を受けた経験がある父親は、「算数が得意なために授業外で行う特訓クラスに選ばれたが、夫婦で相談して、そのクラスからはずしてもらった。祖父母からは大反対されたが、これを強いるのは親の見栄でしかない。いまの中国はみんなが英才教育に夢中で、勉強ができないと子どもは捨てられるような感がある。これでは、子どもが不必要な挫折感を小さな時から味わうことになる」と語り、さらに、夏休みには夫婦が交代で子どもをプールに20回以上連れて通い、ゼロから泳げるようになったとか。その経験をとおして子どもはあきらめずに続けてやればできるという自信がついたと時代に流されずに、自分達の教育観で子育てをしている親もいました。
現在、子育てをしている親達は、文化大革命下で制約や統制を受けた学生時代を過ごした世代です。自分自身ができなかったことを子どもには経験させたいという思いは強く、加えて、日本の6つポケットのように、「四二一総合症」と呼ばれる一人の子どもに両親と4人の祖父母からも、過期待と経済的援助が集中しています。
中国では1979年から「一人っ子政策」が実施されており、それらの子ども達がすでに、大学生にまで成長しています。現在の親世代が大学に入学した時代には、およそ100人に5人の進学率であったのが、現在は、その10倍以上もの大学生が進学できるような状況になりました。国内だけではなくて、海外に私費留学させる家庭も急増しています。
近年、海外の大学へ行くと、目に見えて中国人学生の数が増えています。今年はニュージーランドでもオーストラリアでも、ここは中国の大学かと思うほどに新学期のキャンパスは中国人で溢れていました。
家庭や社会環境の中でお金やモノづけで育てられる中国の子ども達は、「高分低能(点数は良いが生活能力が低い)」であると深刻な社会問題になって久しいのですが、次世代に向ってさらなる英才教育を受けた子ども達が世界中に羽ばたいていきます。
そして、このような状況は中国だけに限ったことではなくて、少子化の日本や韓国など東アジアの都会には共通したグローバルな教育課題を含んでいると思われます。


中国将棋に真剣に取り組む子ども達


夜遅くまで、子どもの習い事を教室の外で待っている母親


芸大の生徒さんが教えている絵画教室

*(注1)[愛育ねっと2003年3月/世界の多文化子育てと教育・第1回]で前述

*(注2)山岡 2000 中国での育児不安と育児情報に関する子育て調査 情報教育研究所

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