【第3回】多文化な子ども達のための英語センター
執筆者: 山岡 テイ (情報教育研究所所長)
多民族国家として知られるオーストラリアは、人口の4割が世界中からの移民やその子どもで構成されています。もともとは英国やニュージーランドなど英語圏からの移民が多かったのですが、近年はアジア系移民が急増しているのが特徴的です。
そのような歴史や社会的状況を反映して、学校ではさまざまな言語教育が実施されています。第2言語としての英語(ESL:English as a Second Language)や英語以外の言語(LOTE:Language Other than English)や先住民であるアボリジニの言語教育などです。
今回は、オーストラリアに新しく住み始めた、英語を第1言語としていない、または、文化背景が英語圏ではない子ども達が通う英語センターを中心にご紹介します。
☆五感をとおして覚える言語
いま、南半球のオーストラリア・キャンベラ市は日本と反対で冬に向う季節です。
今年の夏はまったく雨が降らず、空気が乾燥していたために、例年は山林部で起こる山火事が郊外の居住地にも及び、多くの家屋が焼け出されて死傷者も出る過去50年間で最大の惨事となりました。
この2月(真夏)に訪れたときは、いつもの青く澄み切った空はどんよりと曇り、街全体がきな臭い風に包まれていました。でも、外国から来た小学生のための英語センターであるSPIEC(Southside Primary Introductory English Centre)の校庭に入ると、子ども達のにぎやかな遊び声とともに、それまでの不穏な空気は一瞬にして消えてしまいました。
ちょうど、新学期が始まったばかりの一日目。「キンダーガーデン」と呼ばれる最年少のクラスの子ども達が校庭に集まり一列になってゾロゾロ歩いています。
列の先頭から担任の先生が、大きな声で、「は~い。一列になりましょう」、「一列になって」、「い・ち・れ・つ・に」と、いくども繰り返しています。
列のまま行進するように教室に入ると、先生は黒板に一本の線を引き、その上に子ども達の絵を描いて「一列になる」ことの説明をします。また、お人形を黒板の前に並べて、「一列になる」・・・・おもちゃを並べては、「列を作る」などジェスチャーを交えて教えています。その後、また、みんなで列を作ってトイレと手洗い場へ行き、集団生活で大事な「トイレ」と「手洗い」の言葉と行為を一緒に覚える練習をしていました。この日はタイ・イラン・日本が2人ずつとパブアニューギニア・マレーシアが各1人の合計8人が出席者でした。
キャンベラ市のいくつかの小学校をたびたび訪れる機会がありましたが、このように体を使って学ぶ授業法は多くの小学校で行われています。たとえば、社会環境(SOSE:Study of Society and Environment)の時間の中で、水や雨水利用の勉強をする時には、子ども達は炎天下の校庭からコップ1杯の水をそっとこぼさないように教室まで運びます。それらを一つの入れ物に注ぎ入れて、これが大勢の家族全員の生活水となる国の例をあげて水の大切さを学びます。そんな時の子ども達の表情は真剣そのもの。
オーストラリアでは、多くの家庭が雨水利用タンクを設置し、地下水と水道水を併用している社会背景がありますが、五感をとおして体を使いながら学ぶのは園児や低学年の児童だけではなくて、民族や年齢を超えて生きた学習法のひとつといえるでしょう。
![]() |
![]() |
「列になる」ことを黒板で説明(SPIEC) | 多文化な老若男女の笑顔で歓迎 |
☆お互いがもつ文化を尊重し合う
キャンベラ市に3つある小学生のための英語センターは、公立小学校の中に併設されています。普通学級の小学生と廊下を隔てた教室で勉強をしていますが、体育や芸術の一部は一緒に授業をすることもあるようです。12人以下の少人数のクラス編成で、5歳から12歳児までの7学年が4学期・1年間を目安に学び、現地校の普通学級へと巣立っていきます。
遊びがプログラムの中心であった園児時代とは異なって、小学生の英語センターでは、子ども達は英語、社会環境、算数、芸術、理科、保健体育、技術などを英語で学ばなければなりません。まったく言葉がわからない子ども達に専門教科を教えるには、研究開発された多文化教育カリキュラムの導入だけではなくて、日々の先生方の努力や柔軟性が必要とされています。
そのために、先生方は研修会や研究会でネットワークを広げたり、学校内でも自主的に勉強会を企画して、子ども達や保護者達が育った多文化な国や民族の習慣や教育文化などの知識や情報をお互いに分かち合うことにも熱心です。
SPIECでは、授業のほかにさまざまな年間行事が用意されています。「リビング・イン・ハーモニィ・デイ」と呼ばれる多文化理解のための文化祭では、保護者が各国の料理や芸能を披露し、子ども用の民族衣装を交換して着衣するなど楽しい国際親善が行われます。子ども達が大好きなバーベキュー用ソーセージも、豚肉が食べられない子どもや菜食主義の子どもにも食べられる材料のソーセージが用意されます。多文化な食材が市場で手軽に入手できるのは、それだけ需要があるからでしょう。
料理や民族衣装から入る交流は、「観光旅行」のようなアプローチと言われていますが、保護者や子どもにとっては、母語や出身国・民族文化を他の人達に理解してもらういい機会でもあるわけです。
加えて、地域ぐるみの多文化共生・理解ということでは、市全体で大規模な多文化祭りが年中行事としていくつか催されます。
先生の中にも当然のことながら、移民やその子弟が大勢いますので、自分自身の体験が学校で生かされているようです。
ジェニファー・メーヤー先生は、西インド諸島のバルバトス出身で16歳の時に両親とオーストラリアに移住しました。
「いろいろな文化や社会背景をもった子ども達が集まっていますので、できるだけ一人ひとりが主役になれる機会を提供しています。あいさつの歌を各国語で歌ったり、授業の中で、どんな種類のご飯を食べているかを発表してもらい、保護者にお願いして実際に皆の前でお国料理を披露してもらうこともあります。どんなに恥ずかしがりやさんでおとなしい子でも、自国の文化や習慣をクラスの仲間が興味をもって聞いてくれると、とても嬉しい表情になりますよ。」と語っていました。
![]() |
![]() |
“幸せなら手をたたこう”などおなじみの曲のメドレー | イランや中国など各国の祭事カレンダーなどの告知コーナー |
☆外国で暮らす多文化な子ども達の多様性
小学校同様に中高生を対象にして1977年に独立した校舎に設立された公立の英語センター(SIEC:Secondary Introductory English Centre)は、現在は他のカレッジ(高校)の中に併設されています。
中学生以上の英語センターでは、入学時に全員が英語能力のクラス分けテストを受けて、その結果によって初級・中級・上級クラスが年齢と関係なく編成されます。そのため、12歳の中学生から19歳の高校生が同じクラスで机を並べることもでてきます。
ここでも、初級クラスの入学当初は、屋内体育館で小学生と同じように体を使って動作と言語を一致させて覚える手法が使われていました。今年の2月現在で学生数は50人、2人の日本人を含む23国籍から構成されており、じつに多文化な背景の子ども達が集まっています。
じつは、以前、私は家族とともにキャンベラに住み、中学生の長女は現地校に入学する前はこのSIECに通った経験があります。
新学期が始まって、しばらくすると娘が学校であったことを話してくれました。
「今日ね。自分の国で住んでいた所とキャンベラと比べてどこが違うのかを、授業で一人ずつ発表したの。そうしたらね。タイや韓国、香港の子は、オーストラリアは街の中でも木が多いとか空気がきれいで豊かな自然があるとか、大使館の子達はここの前も別の外国に住んでいたからと言っていたし、難民キャンプから来た子達は家の外に出ても銃をもった兵士がいないとか、家族が同じ家で一緒に暮らせると言っていたよ。」と、子どもなりに身近な級友達の育った背景が異なることを実感していたようでした。
この中高生用の英語センターには、韓国や日本から留学してホームスティをしている子達や台湾・香港出身で親が購入した家に一人で住んでいる子達も通っていました。
保護者会には、親や下宿先の親代わりの大人などが集まってきますが、お互いの話が伝わるように複数の通訳の人を頼むこともあるようです。
また、個人的に先生が親と面談をするときには、三者電話をスピーカーフォンにして電話による有料の通訳サービスを利用することもできます。
思春期の子ども達が集まるSIECには、小学校とは異なった問題も出てくるようです。スクールカウンセラーの先生の話では、自分の国で中学や高校受験に失敗したり、いじめにあったりして外国へ活路を求めて親が留学させるケースや大きな家に一人きりで住まわせているケースだけには限らず、精神的に脆弱なタイプの子どもはホームシックになったり、不登校になることも多いとか。言葉や友だち関係など人との関わり方がむずかしい時期でもあるからでしょう。
親は子どもの将来のために英語教育をと考えた結果の選択であっても、子どもには荷が重くなることもあるようです。
さらに、近年は小学校の時点で、すでに、母語と英語の両方を話せる「バイリンガル」というより、どちらも中途半端になる「セミリンガル」やLD(学習障害)の多文化な子どもが増えており、この先、日本でも同じような現象が起こることが予測されます。
幼少時期に思考の基礎になる母語を育てるのは大事なことですが、一緒に住む親や祖父母のそれぞれが異なる言語を話す環境で成育するなど、実際のところ困難な状況に置かれる子ども達もいます。
また、もう少し小さな幼児の場合でも、言葉を獲得し始める時期になかなかうまく現地の言葉に慣れることができなくて、自分の殻に長い間そのまま閉じこもってしまうケースもあるようです。
親子で外国に住んでいるときには、言語の遅れや友だちとの関わり方を、単に外国にいるためだからという視点だけではなくて、親や先生など周りの大人が注意深く見守る必要があるように思われます。
子どもを心身ともに安全な環境に置くように心がけたいのは、民族や国籍、立場を超えてどこに住んでいても共通することではないでしょうか。