【第2回】オーストラリアでの子育て支援や安全教育

執筆者: 山岡 テイ (情報教育研究所所長)

オーストラリアは6つの州と北部準州、首都キャンベラがあるオーストラリア首都特別地域(ACT)の8つの独立したエリアから構成された連邦国家です。そのため、保育・教育システムも州ごとにそれぞれが異なった制度で運営されています。
今回は、ACTを中心に保育システムと多文化な子育て支援や安全教育の実情についてご紹介いたします。

保育施設の種類と内容特徴
ACTの保育施設を大別しますと、いくつかの種類があげられます。まず、日本の保育所と同じような「ロングディケアセンター」は、午前8時から午後6時までが受託時間の中心で、一部では朝6時半からとか、午後6時半まで延長保育を行っている園もあります。生後すぐの乳児から就学前までの幼児を対象としています。
つぎに、保育ママさんに似た「ファミリーディケア」は専門的な査定を受けた家庭で個人的に同じ年齢の子ども達の保育を行います。地域コミュニティが直接に管轄しているので、おもちゃライブラリーやプレィグループと連携をとり、子育て専門スタッフの定期的な訪問などによるサポートがあります。
「オケィショナルケア」は一時受託の保育所で、大きなショッピングセンターの敷地内や中心街にあることが多く、親の急用や買い物、レクリエーションのためなどで預けるために、午後4時前後までの所が多いようです。また、就学前教育の「プリスクール」は4歳児から1年間で、施設は小学校の校庭に隣接しており、1週間に3日間通う場合と、保育所である「ロングディケアセンター」の中に年長クラスのように設置されている場合があります。「インディペンデント・プリスクールズ」というのは、3~4歳児から週4~5日通う私立の幼稚園で、多言語教育やモンテッソーリなどに代表される独自の教育理念に基づいて運営されている園が多いようです。
施設ではありませんが、プリスクールを活用して週の特定の曜日と時間に、3~6歳児が集まりスポーツや遊びを中心とした幼児プログラムに参加できる、日本での児童館の講座のような「プレイスクール」もあります。さらに、「アウトサイド・スクールアワーズケア」という学童保育や休暇時の特別プログラムやキャンプも用意されています。その他、母親同士や地域コミュニティが基盤となった乳幼児をもつ母親の子育てサークル「プレィグループ」は、行政主導型と母親達の自主グループ活動型などいろいろありますが、いずれも人気が高く定着しています。
以上はACTですが、NSWには、「アボリジニ・ディケアセンター」があります。先住民であるアボリジニとトーレス海峡島しょ民はオーストラリア全体の人口の約2%を占めており、これらのセンターは、とくにアボリジニ(多くの部族から構成される先住民を代表してアボリジニの名称だけが通常用いられている)の子ども達を中心とした多機能型の保育所です。
私が何度か訪れたNSWにあるマルチファンクショナル・アボリジニ・ディケアセンターでは、園長を除く保育士や職員もアボリジニです。使用言語は英語ですが、遊具や教材・絵本もアボリジニの言語や文化を学べるように整えて、自然なかたちで祖父母や親の言語に親しむ環境づくりを行っています。
「マルチファンクショナル・アボリジニ・ディケアセンター」は、他の保育所に比べて連邦政府からの運営助成金が多く、父母の経済的負担が少ない上に給食など栄養面でも充実しているのも特徴です。

障害児や特別な援助が必要な子ども達への支援サービス
ACTには「チャイルドケア・サポートチーム」があり、さまざまな子育て支援活動を行っています。このチームは「リソース・リンク」の組織に所属しており、園や保護者からの要請に応じて専門サポーターを派遣しています。
具体的には、英語を第1言語としない、または、文化背景が英語圏ではない生まれの子ども達(NESB:Non-English Speaking Background)が、なかなか他の子になじめなくて遊びの仲間に入れないために一人きりになっていたり、逆に、何も言わずに友だちのおもちゃを取り上げるなど、最初はコミュニケーションが上手にとりにくいことがしばしば起きています。そこで、子ども達がディケアセンターに入所して園生活に慣れるために、サポーターは個々の事例に応じた適切な補助やきめ細やかな対応を行っています。また、特別な援助を必要とする機能障害の子ども達用の遊具や教材、アボリジニを含む多文化理解のための玩具、絵本、人形、ゲームや多言語カードや音楽材料などの素材収集や製作をして、貸し出しを行っています。
さらに、先住民であるアボリジニ文化の理解を目的として、アボリジニの絵本の読み聞かせをするなど、NESBの保護者への面接支援などメンタルなサポートも行うなど実績をあげています。以前はACTに6ヵ所設置されていましたが、現在は統廃合されて1ヵ所しか存在しないのは残念なことです。
日本にもこのようなチームをぜひ導入したいと思い、この7年くらいの間に個人的に何度となく訪れて、チームの人達と一緒の行動をさせてもらうことも多くありました。それらの中でも、最も印象に残っているのは、あるサポートチームを最初に尋ねたとき、約束の時間に部屋へ入るとチーム・ディレクターの女性が、日本の童謡の音楽テープをBGMにして、にこやかな表情で待っていてくれたことです。 日本人の訪問者は初めての経験だったそうですが、彼女の温かい歓迎の気持ちが伝わってきて、それ以来、お互いに親しい友人同士になっています。

地域コミュニティと市民ボランティア
乳幼児をもつ母親への安全教育は、日本と同じように妊娠時代から病院や地域のコミュニティ・センターの両親学級で行われています。ここでは、妊娠・出産に関する医学や保健知識から新生児用品情報、授乳用品の揃え方の講座が開かれています。講座を受け持つのは医師や看護師、保健師などの他に、母乳奨励をしている母親達の全国組織NMAA(Nursing Mothers’ Association of Australia)から派遣された市民ボランティアの先輩ママが担当することもあります。また、出産後、乳幼児をもつ母親達は地域のコミュニティ・センターのプレィグループに子連れで集まってきます。紫外線の強いオーストラリアでは、とくに、日中は幼児の外遊びを避けている家庭も多いのですが、プレィグループで出会った母親同士で育児情報を交換し合い、専門家による安全教育がこれらの場で行われることもあります。
また、英語が十分に話せない親に対する無料の翻訳電話サービスや通訳サービス・カードなどが配布されています。地域のコミュニティ・センターに行くと、さまざまな育児情報パンフレットが多言語で用意されており、地域の中高年の住民や先輩である各国からの移民の人達が英会話クラスにボランティアとして参加しており、単に英語だけではなくて、地域ですぐに役に立つ子育て生活・病院情報などを親切に教えてくれています。
日本でも近年、各地の自治体や国際交流協会、ボランティア団体がとても役に立つ実用的で詳細にわたったガイドやカード、Q&Aブックなどを製作しています。それらが、必要なときに必要な人達の手元に届くような情報共有や伝達方法の工夫がさらに求められているのではないでしょうか。

幼児にも日焼け止めクリームとサングラス
オーストラリアは日差しが強いので、成人になってからの皮膚癌の発生率を低くしようと、小さな時から繊細な肌を紫外線から守る予防安全教育が盛んです。
具体的な乳幼児のための紫外線安全対策ポイントとしては、

[1] 生後12ヵ月以内の乳児は炎天下の移動を避ける。外出時には帽子や洋服でからだ全体を包む。帽子は8センチ以上のつばの広いもので、耳の後ろから肩まで覆いのついたものを被ること。
また、無帽で校庭や園庭に出る時は屋根のある歩道を歩くようになど校則に記載されています。
[2] 長袖のシャツを着る。
[3] 11時~15時の日中の外遊びを避ける。なぜなら、紫外線放射の60%はこの4時間に集中している。
[4] サングラスを着用すること。安全規格EPF10は紫外線100%を防ぐ基準値である(EPF:Eye Protection Factor)。
[5] 日焼け止めクリームはSPF最大15を18歳までは定期的に使用すること(SPF:Sun Protection Factor)。
ただし、乳幼児が日焼け止めクリームを長時間使用し続けることの副作用に関しては、安全基準データが明らかにされていないことから、どちらかというと帽子や長袖・長ズボンの着用を奨励しているようです。しかし、実際には、園では朝に家庭から出て来る時に日焼け止めクリームを塗ってもらって来なかった子どもには、先生が大きな業務用のような入れ物からクリームをつけてあげている光景をよく見かけました。
オゾン層破壊による紫外線対策はオーストラリアでは深刻な社会問題であるために、行政や関連団体がマスメディアやコミュニティ、保育・教育機関をとおして親や子ども自身にも啓蒙教育を積極的に実施しています。 地球規模での環境破壊が進む中で、日本でも今後さらに取り組まなければならない領域のひとつではないでしょうか。

事故防止のための安全教育
Kidsafe(オーストラリア児童事故予防財団)では、毎日の生活の中で子どもを不慮の事故から守るためにさまざまな啓蒙活動を行っています。安全な子連れドライブのためには、オーストラリア安全規格マークがついた新品チャイルド・シートを購入するようにとか、自転車に乗るときはヘルメットを着用することなどが徹底されています。
ビクトリアの事故監視機構のデータによると、5歳以下の子どもの事故の67%は家庭内で起きていることから、Kidsafeでは家庭事故の症例ごとの細かな対策を小冊子にして直接母親に配布する他にも、マスメディアをとおしてキャンペーンを展開しています。 例えば、安全ドライブについて専門家からの具体的な助言を車の中でラジオを聞く人達に流して注意を喚起しています。また、事故防止のための相談電話やグッズの販売にも力をいれています。
さらに、家庭内での事故の中では、居間と寝室での事故が57%と最も多く、ついで、車庫や裏庭など家のまわりが25%で、広い裏庭での遊具がらみの事故や自宅のプールでの事故防止、バーベキュー・パーティでのケガややけどへの予防対策など安全教育の事例にもオーストラリア人らしい日常生活が垣間見られます。 このように母親を対象にした安全教育は、いろいろな媒体や機会をとおして行われています。 しかし、その一方では、英語を十分に理解できない母親の場合には、同じ民族同士の閉ざされた社会で情報交換しているのが実態です。
リサイクルによる機材の磨耗などに対するメンテナンス意識や多言語による安全教育情報の伝達手段の検討などは今後に残された課題といえるでしょう。

障害児のための歩行遊具 車イスや肌の色が違う人形

 

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