【第1回】日本の中の多文化子育て

執筆者: 山岡 テイ (情報教育研究所所長)

私はおもに子育て中の保護者を対象にしたアンケート調査研究を続けていますが、その仕事を通して、日本と海外の保育園・幼稚園や学校、病院や保健センターなど母子保健施設の現場をこの20年間訪ね歩いています。
アジア・アメリカ・ヨーロッパ・オセアニアの国々の都市や小さな町で定点観測のように、いく度となく訪れた保育・教育施設での多文化保育や教育の実情、さらには、現地の友人達の子育て事情や教育観、専門家へのインタビューもあわせてご紹介していきます。

「多文化子育て」ってなあに?
「多文化子育て」という言葉は、まだ聞きなれない表現かもしれません。正確に言うと、「多文化な背景をもつ家庭での子育て」ですが、「多文化」は英語の「Multi-culture」の訳語です。
この「多文化」という言葉には、文化的・言語的な背景が異なることから生じる違いからジェンダーやイデオロギーの相違までも含めて、お互いの人権を認め合い、差別や偏見をなくして、文化的な多様性を包み込んでいこうという思いが込められています。
そして、子どもを家庭や社会で育んでいく行為は、民族や宗教、文化を超えて共通することが多いので、国籍を問わず多文化子育てを目ざすことは、私達一人ひとりにとって「自分自身」を問いただすチャンスになることと思われます。
さらに、現在の日本では永住外国人や国際結婚の増加で、ひとつの家族の中に複数の国籍が存在して、在日外国人か日本人かの区別だけではとらえきれない多文化な家族が増えているのが実情です。
たとえば、東京の豊島区や新宿区、横浜市や川崎市の保育園の中には、両親もしくはどちらかの親が外国出身者という園児が4分の1を占める所もめずらしくない状況で、子どもたちの間を日本語と外国語が飛び交っているクラスもあります。
子どものほうは、園の友だちと話すことで日本語を覚えていくことができますが、家庭にいる多文化な母親はなかなか日本語をきちんと学ぶチャンスがないことも多いようです。
また、日本語によるコミュニケーションが十分ではなく、育児文化が異なっているために、保護者と保育者の両方に行き違いが出てくることも少なくないのが現状です。

多文化な親が感じる日本での子育て
そのような実情を知り、多文化な保護者と子どもを取り巻く問題点を明らかにするために、私達は11言語による調査票を作成して多文化子育て調査を実施しました。その結果、65カ国籍・2002人の多文化子育てをしている保護者からの生の声が寄せられました。子育て生活での一番の気がかりとして、もっとも多くあげられたのは、「母語教育や母文化を学ばせること」でした。とくに、父親の方が多く気にかけており、母語や父語、そして母国語を学ぶ機会が少ないことへの危機感は、祖父母との交流や子どものアイデンティティの確立など根源的な問題を含んでいました。
多文化な親が感じる「日本での子育て」への戸惑いなどを少しですがご紹介します。

「自分の宗教(イスラム教)について、お祈りや食習慣の違いについてどう伝えていけばいいのか。」(保育園1歳児クラス女子・母26歳・バングラデッシュ・滞在年数6年)
「キリスト教の外国人に日本の園はとてもやりにくい。異教の祭り(七夕や豆まき)に強制的に参加させられる。」(保4男・母36歳・ブラジル・9年)
「しつけや態度などで、まわりの人に対してあまりにも無関心で、ものの豊富さに執着し過ぎ、さらに慣れてしまっている日本の子どもたちが心配です。」(保3女・母39歳・ペルー・11年)
「日本では目上の人を尊敬しないので自分の子どももそうなっています。タイに帰ったら困ります。」(保3女・母32歳・タイ・11年)
「日本に住んでいるので、日本学校に通わせてもいいと思うが、母国語、母国の文化や生活を教えるにはやはり母国学校が適していると思う。しかし、朝鮮学校へは国の援助が少ないので経済的負担がある。」(保4女・母33歳・朝鮮・33年)
「私は保育所にいても、よく子どもに中国語で話しかけます。理由は、子どもが中国語の環境に慣れ、できるだけ中国語を勉強させたいからです。また、周りの人も外国人に慣れるようにするためです。」(保4女・母35歳・中国・5年)

この調査結果の詳細については、日本語英語で公開していますので、ご興味のある方はどうぞごらんください。

目に見える違いと目に見えない違い
「多文化子育て調査」の回答者で一番多かったのは、中国人同士の父母で全体の18.5%でした。滞在年数では、中国人回答者の64.0%が3年から10年未満で、10年以上が24.0%と長期滞在している家族も多い状況です。
多文化な母親達はそれぞれ同じ出身国の母親同士で子育てサークルを作って育児情報を交換したり、お互いに助け合ったりしています。その中のひとつで、2年前に「中国人ママの会」が発足する第1回目の集まりの席上で、私は日本と中国の子育ての違いについて話をする機会を得ました。というのは、この会を始めた発起人の1人が個人的にとても親しい中国人の友人だったからです。
彼女は10年以上日本に住み、小学生から2歳児まで3人の子どもの母親で、日本と中国を行き来しながら働いています。彼ら夫婦の関心事も、他の大勢の在日中国人同様に、子どもへの「母語教育」です。このママの会には数十人の母親達が集い熱気に溢れていました。日本人の夫と結婚した人、子どもは中国で祖母が養育している人、母国語は中国語である中国出身の朝鮮族の人は母語である朝鮮語を子どもが学べる場を探していました。
子どもが小学校高学年になって、自分の友だちとの出会いを求めて来た人、日本に来て間もない人はあらゆる情報に目を輝かせており、それぞれの思いを胸に集まっていました。
ほとんどの人達が流暢に日本語を話せて、外見上も日本人と区別がつかない彼女達の悩みや気がかりは、日本人だけの子育てサークルの母親達と質的には異なっていました。
ところで、アメリカやオーストラリアなど歴史的に長い間、多文化・多民族が共生している国と現在の日本での多文化子育てでは、いくつかの相違点があります。
多文化国家の保育園に行きますと、肌や目の色、髪の毛の色が歴然と違う子ども達が隣にすわりお昼ご飯を食べていて、子ども心にもその違いがわかりやすいのです。
しかし、日本では、さまざまなアジア人同士が異なった文化背景をもっていても、外見上では見分けがつきにくく、その背景には目には見えない民族や宗教の違いが存在しています。お互いの歴史的関係を学び合い、現状と将来に向けての建設的な話し合いや相互理解が必要な時期に来ていると思います。
「多文化子育て調査」の結果では、「子どもが園生活に慣れるのに役に立ったこと」として、子育てづきあいに積極的で多文化な母親は、「先生が私と親密に連絡をとってくれた」とか、「日本人の親や子どもが興味をもって話しかけてくれた」ことを評価していました。
そして、子育てづきあいに消極的な母親のほうは、「子どもが慣れるように自分が努力した」と受けとめていることが多かったのですが、その一方では、「先生が母語で子どもに言葉かけをしてくれた」ことをとくに役に立ったとして多くあげていました。
どの子どもにも同じように接することが保育や子育ての基本ですが、「見えない違い」への個別的配慮は、多文化子育て理解への第1歩になるのではないでしょうか。

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